抑止力という名の軍事力(11)

2021.04.01


「中国の軍事力は日本を凌駕した」と言われて久しいですが、本当のところはどうなのでしょうか。
少し違う視点で考えてみました。
 
アジアで軍事戦争の形態が近代化したのは、明治に入ってからです。
蒸気機関で動き、大口径の大砲を搭載した装甲艦同士の戦争の幕開けは日清戦争が最初といえます。
当時、大国だった中国(清)の圧倒的勝利で終わると見られていた黄海海戦は、真逆の結果となり、世界は驚きました。
定遠、鎮遠という最新鋭・最大級の戦艦を持つ清に対し、日本に勝つチャンスはないと言われていました。
しかし、大口径の大砲より艦の速度や運動性を重んじた艦隊構成を整えたハード面の戦略、その上で、作戦立案能力に長けた幹部の育成、さらには猛訓練により高い戦闘能力を身に付けた兵員といったソフト面の戦略、このバランスで日本は勝利しました。
こうしたバランスの強化で、清より強大なロシアとの戦争でも日本は勝利しました。
ただ、こうした勝利が国民の奢り(おごり)に繋がり、「戦いを避ける道」の大切さを忘れさせてしまいました。
 
同じことを中国側から見てみましょう。
政権は清から共産中国に代わりましたが、それでも日清戦争の敗北は屈辱であり、大規模戦争を経験していない人民解放軍の“日本への恐れ”になっています。
日本と戦争して過去の屈辱を晴らしたい、しかし勝利する自信が今ひとつ持てない状態なのです。
 
現代の中国は、核兵器を持ち、軍艦や戦闘機の数、予算のすべてにおいて日本を圧倒しています。
日本に勝つのは簡単そうです。
実際、そう思って日本と戦争したがっている中国の軍人は多いようです。
しかし、経験不足は隠しようもありません。
中国軍の軍事演習の実態を調べると、演習のための演習といった様子が見てとれます。
 
それに対し日本は、敗戦したとはいえ、米国相手の全面戦争を戦い抜いた経験があり、その経験は今の自衛隊に受け継がれています。
以前、本メルマガで、私の父たちが江田島の自衛隊幹部養成学校を訪問したときのことを書きました。
そのとき校長が、整列した全校生徒に向かって「偉大なる先輩たちに敬礼」と言ったそうです。
この話を聞いて、旧日本軍将校だった父たちを「先輩」と呼んだことに驚きました。
また、兵法の師である武岡先生も、戦場で戦った陸軍将校であり、戦後は陸上自衛隊の教官でした。
こうした経験の継承は、純粋な軍事面では大きな要素なのです。
また、このような事実が、中国が日本との戦争をためらう一要因となっているとしたら、これも立派な抑止力といえます。
 
こうした話は「軍事賛美」と批判されるでしょうが、「幻想的平和」よりマシではないかと思います。
ちょっと考えてみてください。
こうしたソフト面の優位が、とても安上がりな抑止力ということをです。