原発の再稼働(その1)

2021.09.01

先日、鹿児島の川内原発がある川内市に行ってきました。
川内原発は1号機、2号機とも昨年暮れに再稼働しています。
原発の再稼働には反対も多いのですが、政府は廃炉を決めた原発以外の原発はすべて再稼働させる腹を固めたようです。
2050年までの脱炭素化目標には原発の再稼働が欠かせない要素だからです。
天候が安定しない日本では、EVシフトなどで膨れ上がる電力を再生可能エネルギーで賄うことは不可能で、ベースロード電源として安定した電源がどうしても必要なのです。
陸続きの欧州は互いの電力を融通し合えますが、その中核になるのはフランスの原発です。
脱原発を決めたドイツなども頼りはフランスの原発というのが実情です。
しかし、こうした策がない日本は、自前の原発を再稼働させる以外の道がありません。
ただし、再稼働に対する国民の合意形成が出来ているかというと微妙です。
合意形成のためには、原発事故の処理だけでなく、以下に示すような過去の事例を徹底的に洗い出し、根本の解決策を積み重ねていく必要があります。
福島の事故の数年前、2005年8月に宮城県沖で地震が発生しました。
震源に一番近かった東北電力の女川原発て゛は、揺れが「基準地震動」といわれる「想定される地震の揺れ」を、一部ですが超えました。
当然、「基準地震動」の数値そのものを見直す必要があったのですが、電力会社は黙殺しました。
ならば、原子力安全・保安院が動いたかというと、それもありませんでした。
保安院が「知らん顔をした」というわけではありません。
基準を超える安全強化の検討を求める根拠となる法律がなく、何もできなかったのです。
原発を建設する時には、法律に基づき実施する審査で建設許可が出されます。
この審査では、想定される最大の地震や津波に耐えることが求められます。
この点に関し、いままで違反して許可が出された原発はありません。
ところが、許可を出した後で許可時に想定した基準を超える事態が発生した場合に、それまでの審査の基準を変えたり、電力会社に追加の対策を求める法的根拠がなかったのです。
電力会社の自主的判断に委ねるという“あいまいさ”が放置され続けてきたのです。
結局、宮城県沖地震で発生した「基準値を上回る揺れ」も黙殺されてしまい、法律改定の検討すら行われませんでした。
それから5年7ヶ月後、あの地震と津波が発生したのです。
福島事故で無力さを露呈した原子力安全・保安院は解体され、原子力規制委員会として、規制に重きを置いた組織に変わりました。
規制委員会は、原発再稼働に対し非常に厳しい条件を課し、クリアできない原発も増えています。
また、反対の声が大きい地元自治体は再稼働の同意には慎重で、未だ稼働していない原発のほうが多いのが実状です。
日本も変わったと言いたいのですが、現実に即して現行の法律を見直すという本質での変化ではなく、行政が国民や市民感情に忖度するという“いびつ”な姿です。
まずは国会が立法府としての本来の姿を取り戻し、法のあり方の議論を重ねていくべきです。
しかし、今の国会議員を見ていると絶望しか感じられません。
私としては、批判のための批判ではなく、また推進ありきでもなく、原発の設計や運営に関わったひとりとして、知る限りの情報を伝えていかなければと思う次第です。
次回は、私が原発内で経験した少々“やばい”話をしたいと思います。