商品開発のおもしろさ(4)

2020.10.16


今回も自動車の話を続けます。
前回書いたように、テスラは単に電気自動車という商品で勝負を賭けているわけではありません。
自動車という商品が生み出した経済構造そのものを変えようとしているのです。
今回は「商品開発の面白さ」というより、「商品が生み出す経済構造の変革」を論じたいと思います。
 
自動車が庶民のものとなったのは、戦後です。
そして、欧米に大きく遅れを取っていた日本の自動車産業を世界に押し上げたのはトヨタです。
しかし、トヨタは「商品開発の面白さ」で世界のトヨタになったわけではありません。
かつて、トヨタの開発主管をされていた方から聞いた話があります。
ある時、経営陣から「ベンツを作れ」と言われたそうです。
ベンツは、その品質以上のステータスを持つ車ですが、開発者にとっては「商品開発の面白さ」の塊のような車でした。
その開発主管は「ぜひ・・」という言葉を飲み込んで、こう言ったそうです。
「カタログ性能でベンツを上回る車は作れてもベンツは作れません」
そう、「商品開発の面白さ」は数値で測れるものではないのです。
彼は、それをトヨタでは作れないと、悔しさを押し殺して正直に言ったのです。
すると、トヨタの首脳陣は、こう言ったそうです。
「そうか・・、ならば儲かる車を作れ!」
 
この指令が、あの「カンバン方式」と言われるトヨタの生産革命を生み出したわけです。
そして、この「カンバン方式」を武器にコスト削減と品質向上の両立を実現させ、世界のトヨタになったわけです。
品質は、道路事情が悪かった時代にはまさに最強の武器でした。
それを、一切の無駄を排したトヨタ式生産方式で、コスト削減と同時に実現させたのです。
それだけではありません。
そこから派生する部品産業を始めとする様々な産業を生み出し、発展させることになったのです。
 
日本の車検制度は、早くも終戦から6年後の1951年にスタートしています。
車の故障が“あたり前”だった当時、この制度は画期的でした。
車検制度やその後に制定された12ヶ月点検などの「法定点検制度」により、自動車整備産業が発達しました。
さらに、車検制度により車の寿命が伸びたことで中古車販売業が活況を呈しました。
さらに、車が「長期間使用できる」になったことで、タイヤやオイルのような消耗品産業が栄え、さらに、保険やローンのような金融事業も活性化しました。
つまり、日本の自動車は、巨大なストック産業群を創り上げたのです。
 
しかし、自動車メーカー間の競争が全世界的な過当競争になり、各メーカーとも疲弊してきています。
トヨタを例に上げると、売上高の約60%は部品メーカーや下請け企業への外注費、20%が自社工場での生産費用、さらに広告費や営業費用が10%で、営業利益は約10%に過ぎません。
この利益だけでは巨大な自社を運営できないので、ローンなどの金融事業が重要な収益源になっているのが実情です。
 
こうしたストックビジネスにも変化の時代が来たわけです。
電気自動車を従来の自動車と同列に見ることは間違いです。
ガソリン自動車に比べて必要な部品数は1/3以下になると言われています。
トヨタが築き上げた部品産業は大打撃を受けることになります。
その代わり、半導体産業やソフトウェア産業への需要は大幅に増えます。
前回話したように、振興の自動車会社であるテスラの粗利の25%はソフトウェアです。
最先端の製造品である戦闘機の価格の7~8割は電子部品とソフトウェアだと言われています。
テスラは、こうした自動車ビジネスの構造自体を変える大変革を起こそうとしているのです。
 
ただし、テスラ自身が大成功を収めるかどうかは分かりません。
トヨタやベンツのような既存メーカーも黙って見てはいないし、後を追う新興企業も生まれてくるでしょう。
何より電気自動車自体が、バッテリーという大きな弱点を抱えています。
前回話したように、すべてはバッテリーにかかっているというわけです。