近代史を闇の中から引き出すことで、中国の戦略が見えてくる(5)

2021.09.01


日本は、かつて中国を侵略したとして、中国に対する贖罪が国民意識になっていました。
そうした背景から、訪中した政府要人は、判で押したように戦時中の中国侵略を「申し訳ない」と謝ってきました。
若い方たちには、そうした記憶があまり無いと思いますが、私のような年代が上の人間には、そうした記憶はとても強いのです。
しかし、それらの要人を迎えた生前の毛沢東の言葉は、あまり伝えられていません。
毛沢東は、陳謝する日本の要人に向かって、いつも次のように答えたと言われています。
「申し訳ないことはないですよ。日本軍国主義は今の中国に大きな利益をもたらしたのです。皇軍(という言葉を使ったと言われています)がいなければ、われわれは政権を奪えなかった」
 
前回まで説明したことで、読者のみなさまは、この言葉の背景をお分かりかと思います。
“長征”という言葉とは裏腹に、中国共産党が国民党軍に追われた逃避行は過酷で、敗走相次ぐ共産党軍の兵力は延安まで落ち延びた時には2万5千人にまで激減していました。
しかし、昭和12年に日本軍が国民党軍と全面戦争に突入したことで、蒋介石は共産党軍の殲滅を諦め、国共合作に踏み切らざるを得なくなりました。
それで息を吹き返した共産党軍は、毛沢東の卓越した指導力で力を蓄え、昭和20年の終戦時にはその兵力は120万人にもなっていました。
しかも、終戦を迎えた日本軍は、かなりの重火器を共産党軍に引き渡しました。
兵力差だけではなく、こうした近代兵器の多寡も戦後の国共内戦に打ち勝つ要素だったと言われています。
毛沢東の言葉は、単なる社交辞令ではなかったということです。
そして、戦後の中国経済は、日本の外交政策で近代化を成し遂げていきました。
 
ところが国際政治の現実は皮肉なものです。
日中戦争の主要な相手であった国民党が逃れた台湾との仲が良好な反面、間接的に支援した格好になった共産党が支配する中国とは緊張状態にあります。
もともと民主主義と共産主義は水と油の関係ですから、両国が敵対関係になるのは必然といえます。
 
しかし、国民すべての考えが国家と同じであるはずはありません。
共産党の一党支配がますます強固になっている中国では、国民は本音を語ることができません。
米国に憧れる人、日本と仲良くしたい人、他国と戦争などゴメンだという人もたくさんいます。
東京五輪では、中国からの日本選手への誹謗中傷と同時に、心のこもったコメントもありました。
日本人も、中国選手の立派な言動に胸を打たれたこともありました。
 
どんな政府であれ、国民一人ひとりの心の奥底までも支配することはできないはずです。
しかし、習近平政権は、本当にそれをやろうとしています。
中国国民はもちろん、全世界の人間が自分にかしずく夢が習近平主席の唱える「中国の夢」なのでしょうか。
毛沢東ですら、そこまでの考えはなかったでしょう。
日本は「核攻撃するぞ」という恫喝に負けるわけにはいかないのです。
本シリーズは、この言葉で終わります。