商品開発のおもしろさ(10)

2021.04.19


親切なバーテンの話で強く記憶に残った「客が感じる別世界」という商品ですが、それがどんな商品なのかは、ド素人の私には難しすぎる課題でした。
しかし、ここで諦めたら、店は破産、家族は離散の地獄に堕ちるだけです。
私は必死でした。
そこで、考える方向を180度変え、現実を変えることから始めました。
まず着手したのは、この店にとっての悪い要素を潰すことでした。
それは、従業員全員の首を切ることを意味しました。
 
「そんなこと無理でしょ」と誰もが思うでしょう。
しかし、後のない崖っぷちに追い詰められている身です。
何でもやるしかなかったのです。
 
全員(といっても、6~7人だったか)を集めて、「みなさんには本日で辞めてもらいます。本日までの給料は一週間後に取りに来てください」と言い渡しました。
あっさり受け入れる人、血相を変えて食って掛かる人、こんな店に未練はないとばかり薄笑いする人、いろいろでした。
1人を除いて、知り合いにタダ酒を飲ませる者やレジから現金をくすねる者などばかりでしたから、抵抗する人には「警察に行こう」とまで言い、押し切りました。
結局、みな、捨て台詞とともに去っていきました。
 
ところで「1人を除いて」と言いましたが、一切の不正をしていない女性が1人だけいました。
皿洗いしながらの観察で、そのことは確認していました。
彼女は、カウンター内の仕事と外でのホステス業を兼任していました。
私は、全員を集める前に彼女を呼び出し、こう言いました。
「きょう、みんなには辞めてもらうことを告げます。でも貴女だけは不正もせず、一生懸命働いてくれていることが分かっています。どうか残ってこの店を助けてください」
 
さすがに、私と母の素人二人では店は回りません。
私の必死の説得が効いたのか、彼女は残ってくれました。
 
例のバーテンに、この顛末を話したら、呆れていましたが、カクテルの作り方などをまとめた手作りの冊子をくれ、氷の割り方やシェーカーの振り方などを特訓してくれました。
まさに「捨てる神あれば救う神あり」です。
それから、私はシェーカーを片時も離さず、少しでも時間があれば、振り方の練習を繰り返しました。
大学の授業中でも、机の下でシェーカーを振っていました。
 
しかし、接待する女性が1人では足りません。
そこで、当時付き合っていたガールフレンドにホステスの役割を頼みました。
ホステスは、普通のアルバイトに比べれば、かなりの高給ですから、ふたつ返事で引き受けてくれ、友達も連れて来てくれました。
助かりましたが、カウンターの中で私の内心はヒヤヒヤでした。
酔ったお客が彼女の背に手を廻したりすると、「このやろう」と言いそうになり困りました。
 
また、どんなに特訓を積んでも、お客様から注文されるカクテルを作ることは緊張の連続です。
一番最初に私の作ったカクテルをお客が飲んだときには、怖くてお客を直視できませんでした。
「なんだ、この酒は!」と言われるかと思うと、冷や汗が流れ、のどもカラカラでした。
 
駅前で店のチラシを配ったり、サービス週間を設けたり、店独自のカクテルを考案したりとか、考えつくことは何でもやりました。
そんなある日、例のバーテンが「きょうは休みだから」と言って、カウンターに入って手伝って(指導して?)くれました。
彼は、店じまいまで手伝ってくれた後、「客が楽しめる良い店になったな」と言ってくれました。
「客が感じる別世界になっていますか」とは聞けませんでしたが、苦境を脱する光が見えた気がしました。
変な話になってしまいましたが、次回以降、もう少し続けさせてください。
この水商売の経験が私のビジネスの原点といえることなのです。