日銀の方針と植田総裁(1)

2023.08.21

6月16日、日銀は15、16日に行われた金融政策決定会合の結果を発表しました。
植田和男総裁に代わって2回目の会合だったので注目されましたが、結論は「現在の金融緩和策を維持する」で、前回4月の発表と概ね同じでした。
具体的には、長期金利の変動幅をプラスマイナス0.5%程度に維持、短期金利は「YCC(Yield Curve Control=イールドカーブ・コントロール)」でマイナスあるいはゼロ状態に維持するという政策です。
つまり、現在の大規模な金融緩和策を維持するということです。
<注釈:YCC(Yield Curve Control=イールドカーブ・コントロール)>
中央銀行が特定の国債の利回りをチェックし、適宜、買い入れを行い利回りをコントロールする手法。日本以外の中央銀行でも行っている金融政策手法です。
景気については「エネルギーや資源高の影響などを受けつつも、持ち直している」として、景況判断は据え置きました。
また、3%台に上昇している消費者物価については、「年末に向けてプラス幅を縮小していく可能性が高い」とし、その後は「企業の価格や賃金設定行動の変化を伴う形で、再びプラス幅を緩やかに拡大していくとみられる」と、あいまいな表現を示すに留めました。
ただ、今回、植田総裁は、かなり細かなレベルまでの説明を行いました。
この背景には、5月15日の「経済財政諮問会議」に出席したプリンストン大学の清滝信宏教授とのやり取りがあるのではないかと思います。
清滝教授は、英国の経済学者ジョン・ムーアと組んだ「清滝・ムーアモデル」で、バブル崩壊のメカニズムを解明し、リーマンショックを予言したことで知られる数学・経済学者です。
こうした功績から日本人初のノーベル経済学賞の有力候補として知られています。
一方の植田総裁も、2022年ノーベル経済学賞受賞者のベン・バーナンキ(米国の前FRB 理事会議長)と共に経済学の巨人と目されるスタンレー・フィッシャーの元で学んだ世界的な経済学者です。
この二人の意見が真っ向から対立したのです。
清滝教授は、世界経済の現状を「2%を超えるインフレが数年は続くと予想される」とし、「日本は現状の量的・質的緩和策を解除すべきである」と指摘しました。
「低金利が続く日本では、安易な投資しか行われず、その結果として経済成長が停滞している。
金融緩和策を止め、金利を引き上げ、高収益の投資を促すべき」という提言です。
たぶん、植田総裁の考えも基本は同じだと思われます。
しかし、自由に意見が言える立場の清滝教授と違い、発言の一言が日本のみならず世界経済に影響を与える立場の植田総裁は、発言に慎重にならざるを得ません。
賃金上昇と物価安定の好循環という目標の実現を優先し、現在の金融緩和策を粘り強く続ける必要があると判断したのだと思います。
その一方で、植田総裁は、「ある程度のサプライズはやむを得ない」として、YCCの修正には含みを持たせました。
どこかで植田色の強い政策を打ち出すかもしれません。
企業は、今後の日銀政策を注視しながら、利上げに備えた投資および金融対策を練っていく必要があります。
この問題、次号で続きを解説していきます。