8月15日の意味

2026.08.17


8月15日は、日本にとって「終戦の日」ですが、お隣の国では「光復節」と言います。
日本統治から解放されたことで「光が戻って来た」という意味のようです。
韓国政府は、毎年、大々的に式典を催して日本に対する恨みの再刷り込みを行いますが、若者の関心は急速に衰えているようです。
この日は祝日になっていますが、今年は、土日と重なり、円安傾向も後押しして、日本旅行を計画している若者が多いと聞きます。
時代ですね・・・
 
ちなみに、台湾の「光復節」は10月25日ですが、日本から中華民国に、外交として正式に統治が戻ってきた日ということです。
また、大陸中国には「光復節」は無く、9月3日を「抗日勝利記念日」としています。
東京湾上で、日本が連合国に対する降伏文書に署名した9月2日の翌日ということですが、このとき、連合国側にいたのは中国共産党ではなく、中華民国です。
つまり、今の台湾となるわけです。
個人的には、『なんだかな~』と思います。
 
6月の沖縄戦での降伏(というより、組織的戦闘が終わった)から始まって、8月15日まで、年中行事のように戦争の悲劇が語られ、平和の声が連呼されます。
単純平和論者ではない高市首相も、この期間は「平和」を何度も口にします。
その姿に、「首相の言葉が本心ではない」と言った批判がマスコミに溢れます。
国会においても、防衛論議や憲法改正論議で、ときにヒステリックな平和主義を叫ぶ議員がいますが、それが、平和という言葉を自己や自党に利用しようという下心からの発言であることを国民は冷静に見抜いているように思います。
国会は感情論をぶつける場ではなく、冷静に論理的な議論を交わす場です。
そして、議論に対する最終判定は、選挙という手段で国民が下すのであり、議員たちではありません。
声の大きさやヒステリックな叫びで国民が動くと考えているなら、「国民をバカにするな」と言いたいです。
 
ところが、SNSの発達により、このような一方的な建前論を批判する意見が散見されるようになり、一定の市民権を得てきたように感じます。
批判も多いSNSですが、急速に広がり続け、すでに既存マスコミは圧倒されています。
私自身、新聞は仕事に関係する業界紙しか読まなくなっていますし、TVでの討論などは、ほとんどパスです。
ただし、SNSは極端な玉成混合の世界で、過激な意見ほど注目を集める傾向があります。
ゆえに、視聴する者には表も裏も読み解く力が要求されます。
心がけたいことです。
 
8月15日のことに戻ると、日本が8月15日という1日で戦争を止めたことは奇跡といえます。
当時、最前線にいた父は、玉音放送を聞く前に軍令部から「15日に戦闘停止」の命令を受けていたと話していました。
半信半疑だったが、連日激しく攻撃してきた米軍機が1機も飛来しなかったことで「本当に戦争が終わったんだ」と思ったそうです。
兵法の師である武岡先生は、中国の最前線で戦闘中だったが、司令部からの戦闘停止命令に「勝っているのになんで戦闘を停止するのか」と疑問を持ったそうです。
つまり、中国戦線では、父のいた太平洋戦線と違い、日本軍が中国軍を圧倒していたのです。
だから、今の中国が「日本に勝った、勝った」という言動には、滑稽しか感じません。
 
最後に特攻隊員だった伯父の話です。
伯父は、九州の基地で特攻出撃の命令を待っていました。
つまり、死ぬ覚悟でいたのですが、そこに終戦の報が届いたのです。
伯父には「助かった!」という気持はなく、先に出撃して戦死した戦友たちに対し「すまない」という気持ちでいっぱいだったと話し、靖国への参拝を生涯続けました。
「靖国で会おう」という、先に逝った戦友たちとの誓いを守るためです。
 
そのような人たちは、みな他界してしまいました。
私の人生も、そう長くはないでしょう。
この先の世界が本当に心配ですが、若い方たちの意思に託すしかありません。