水商売からビジネスを学ぶ(最終回)

2025.04.01


ある夜、閉店の片付けをしていたところ、2人の男が店に入ってきました。
私が「すみません、もう閉店なんです」と言ったところ、年上の眼光鋭い男が口を開きました。
「〇〇を知っているね」
その名前は、近所のショットバーのバーテンの名前でした。
そうです。私にカクテルの作り方や水商売のポイントなどを教えてくれたバーテンです。
私は「はい、でも最近は姿を見かけませんが」と答えると、若いほうの男が「ちょっと奥を調べさせてもらうよ」と、カウンターの中へ入ろうとしました。
さすがにムッとした私は「あなた方は何なのですか?」とカウンターのドアを押さえました。
年上の男は若い方の男を手で制し、「すまんね」と言いながら内ポケットから身分証らしきものを出しました。
そう、それは警察手帳でした。
私が「何も警察に調べられるようなことはしていませんよ」と言うと、男は「警察は○○を追っているんだ」と言い、若い方の男が「こいつは殺人犯で、逃げているんだよ」と言い、続けました。
「あんたが、この男と親しいと聞いて、ここに匿われていないかと調べに来たんだよ」
 
私は驚くと同時に若いほうの男の態度に腹が立ち「ならば、最初に警察手帳を見せ、目的を告げ、それからお願いすべきでしょう。いきなり店の奥に入ろうとするなんて、やくざと同じでしょう」と、彼の前に立ちはだかり反論しました。
『このやろう』というように私に詰め寄ろうとした彼を制し、年上の男は「たしかに、すまなかった。だが、逃亡している犯人の危険性を考えての行動と思ってかんべんしてくれ」と、静かだが有無を言わせぬ口調で言ってきた。
彼らが店の奥やトイレを捜索する間、私は複雑な想いで、自分に水商売のイロハを教えてくれたバーテンの顔を思い浮かべていた。
 
翌日、近所の話から、あのバーテンが殺人を犯したことは本当のようだったが、その動機は噂の範囲を出ず、彼がどうなったかは今でも分かりません。
私の脳裏には親切な彼の姿しか残っていません。
だから、殺人まで犯す人間が、なんで私には無償であそこまで面倒をみてくれたのかの疑問が残ったままになってしまいました。
今でも「人間の不可思議さ」と思うしかないのです。
 
だが、その後も店に何度も警察官が来たり警察の事情聴取に呼ばれたりしたことでお客が遠のき、経営に大きな影響が出てきました。
私は、父母と相談し、商売の形態を変えることを決意しました。
女性が接待する形態は止めて、「お酒も提供する軽食の店」に衣替えすることにしました。
当然、売上は大きく落ちますが、人件費などの原価も下がります。
母は「これなら朝からお店を開けられるね」と、逆にやる気になりました。
私が「昼間は学校があるから僕は無理だよ」と言うと、母は「夜のカクテル作りだけ少し手伝いに来てくれれば大丈夫だよ」と言いました。
 
こうして商売をガラリと変えたことで、売上は大きく落ちましたが、予想した以上の利益は確保できました。
その利益に貢献したのは、次の2点でした。
従業員がホステスからウェイトレスに代わったことで人件費が大きく落ちました(当然ですが)。
昼間の営業の利益はさほど大きくはなかったですが、店の固定費は十分賄えました。
夜も女性による接待がなくなったことでリーズナブルなお酒の提供ができ、今までとは全く別の固定客が増えました。
また、プロのバーテンも不要になり、学生バイトを私が教えることで人件費はさらに下がりました。
こうして、家の生活費と弟や妹たちの学費を賄うぐらいの利益を確保することができました。
 
私は、店に出る時間が減った分、夜中の新車陸送の時間を増やして自分の収入を増やし、学費だけでなくサークル活動や趣味の費用を賄いました。
どんな商売であれ、そのままの形態で続くことはなく、常に変革が必要なことを、この時に学んだと思っています。
「水商売からビジネスを学ぶ」は今回で終わりますが、次号からは、学生時代に経験した、もう一つの〝闇の商売“の話をしましょう。お楽しみに!