抑止力という名の軍事力(12)

2021.05.06


兵器は、使われないことが一番の目的という、特殊な工業製品です。
もちろん、いざという時には、相手の想像以上の機能を備えていることが必要です。
そうして、相手がその威力を信じて攻撃を思い留まれば、立派に機能を果たしていることになります。
つまり、これが「抑止力」としての軍事力です。
 
この本質は、戦争の絶えなかった昔の時代でも同じです。
強大な軍事力を備えれば、敵は攻めることを躊躇します。
また、圧倒的な軍事力で敵国に攻め入れば、相手は撃退を断念し、早期に降伏するでしょう。
つまり、無駄な殺し合いを防ぐための「抑止力」としての機能が兵器の本質的な目的なのです。
 
こうした見方からすると、抑止力の本質は「ハッタリの掛け合い」といえます。
軍事戦略とは、極論すれば「ハッタリ」の有効性の構築に他なりません。
その一例が、本メルマガでも連載した、中国の「A2/AD戦略」です。
A2とは“Anti-Access”の略称で「接近阻止」と訳されています。
また、ADは“Area-Denial”の略称で「領域拒否」と訳されています。
これは、近年、中国が採っている防衛戦略で、米軍やその同盟国の軍隊を中国の沿岸に接近させない、かつ、特定区域で自由に行動させないという戦略構想です。
具体的には、沿岸部や特定地域に「対艦ミサイル」を大量に配備し、接近する米艦隊やその同盟国の軍艦を排除しようというものです。
 
「おもしろい」と言っては語弊がありますが、この用語は中国が言い出した言葉ではなく、米国の軍事専門家が使い出した言葉なのです。
米国という国は、強大な軍事力を有するだけでなく、戦争をあらゆる局面から研究するシンクタンクが無数にあり、官民一体で軍事戦略を構築しています。
これが米国のすごさであり、こうした知的政策サークルの厚さは、日本とは比べものになりません。
何度も言及していますが、孫子の兵法を研究する研究所だけでも100を超える数です。
戦後の日本は、戦争や軍事を考えることすら「悪」という国民意識が形成され今日に至っています。
それゆえ、政府ですら、こうした米軍の戦略構想を十分に把握しているかどうかが怪しい国になってしまっています。
 
中国による執拗な尖閣侵入に対しても、マスコミの多くや野党は「外交で解決を」と、判で押したようなことしか言いません。
しかし、その外交も軍事力を背景に出来なければ有効に機能しません。
永世中立国のスエーデンは相当な軍事力を備えていますし、スイスは国民皆兵制度で侵略されれば最後のひとりになっても戦うという意志を鮮明にしています。
中国が南シナ海で傍若無人な振る舞いをしているのは周辺諸国の弱さゆえですし、尖閣諸島への執拗な侵入も戦争できない日本を侮っているからです。
「戦争する」というのではなく、「戦争できるぞ」という“はったり”が日本の外交には必要なのです。