ひとつの中国は、期待から幻滅、そして妄想となりつつある

2026.05.18


少し前の話になりますが、日本を牽制する意味で、中国が「旧敵国条項」を持ち出し、あたかも今でも「日本は国連から敵国扱いになっている」との印象操作を行いました。
しかし、この条項は1995年の国連決議で「死文化」が確認され実効性は失われていますから、意味のない印象操作です。
ただ、国連憲章の改正手続きが進んでいなくて条文自体が残っているため、中国などが繰り返し利用するのです。
しかし、各国がまったく反応しないことに焦った中国は、挙句の果てに1952年発効のサンフランシスコ条約を認めないとまで発言しました。
しかし、そうなると、台湾は日本が統治権を放棄しただけの存在となり、どこにも帰属しない宙ぶらりんの地域となり、実効支配している台湾政府の国となります。
 
このように中国側の論理は支離滅裂なのですが、彼らにそこまで言わせてしまう隙を与えている日本の政治家の歴史認識の欠如のほうが深刻かもしれません。
 
そもそも「中国は一つ」と言えるのかが問題です。
確かに、台湾は大陸中国の大きさに比べて、はるかに小さな国です。
しかし、独立国か否かは、国の大きさで決まるものではありません。
何より重要なのは、政治形態と国民の意識です。
大陸中国は共産主義国家というより、習近平主席による独裁国家になっています。
一方の台湾は、民主選挙でトップを選ぶ民主主義国家で、両者は「水と油」の関係です。
政治形態はもちろん、国民の意識からも、とても一つの国に収まることは無理です。
 
「一つの中国」という言い方は、互いが「自分が正当で、相手は反乱地域だ」と主張し合っているという状態のことを意味します。
かつて、台湾政府もそう主張し、大陸への反攻を計画していた時期がありました。
しかし今の時代、そんなことを考えている台湾人は、ほぼいないでしょう。
頑なに「一つの・・」と言って、軍事侵攻を考えているのは大陸中国のほうです。
 
では、日本を含む周辺諸国は、この両方とどう付き合えば良いのでしょうか。
外交の基本は「断定戦略」より「曖昧戦略」にあります。
米国を中心とした西側諸国は、「経済が豊かになれば中国は民主主義国家になり、大陸と台湾は平和裏に一つの中国となる」とみて、経済支援を積極的に行いました。
日本はその先頭に立ち、率先して中国との国交を回復し、大金を投じた経済支援や技術支援を行い、中国の経済発展を援助してきました。
 
米国は、中国との貿易関係を拡大させ、「台湾有事の際にどう動くか」を明確にしないことで中国の侵略意図を抑えてきました。
そうして西側諸国は、民主主義に生まれ変わる中国を期待したのです。
しかし、その期待は無残に打ち砕かれ、今の中国は共産党の一党独裁すら捨てて、一人の皇帝のような習近平主席の専制独裁国家となり、周辺国を武力で脅し続けています。
 
こうした好戦的な中国に対し「台湾有事は日本の有事」と主張すること自体は間違いではありません。しかし、上手い外交とはいえません。
今の中国に、核兵器以外で日本を武力攻撃することは難しいと思われますが、無用な挑発は、それこそ無意味です。
されど黙認は、かつて、ナチスドイツの横暴を許した欧州の愚を再び犯すことになりかねません。
武力攻撃に対する有効な反撃能力を備えながら、友好国との連携を強化した“戦う姿勢”を見せることが大事です。
 
台湾進攻に及び腰の人民解放軍のトップたちを次々と粛清している習近平体制は確実に崩壊に向かっていますし、トップが変われば方針が変わる可能性があります。
ただし、その前に暴発する危険があることは、ロシアによるウクライナ侵攻が示しています。
万が一、それが現実になった場合は、隣国である日本は米国と協力して侵攻を阻止するように動く必要があるので、その準備を怠るわけにはいきません。
中国は、米国の介入を何よりも恐れていて、米国との裏取引を仕掛けています。
それゆえ、トランプ大統領の中国訪問の“公開されない”真の成果が期待されますが、無条件の期待は禁物です。
日本は、いつでも戦える準備をしながら、米国と連携して台湾有事は座視しないことを、言葉だけでなく態度と準備で示していくべきと考えます。