平和は商売道具なのか(前半)

2026.05.18


高市首相は先月、殺傷能力のある武器輸出の解禁を含む防衛装備移転三原則と運用指針の改定を明言しました。
米露が手前勝手な理屈で他国を軍事攻撃する“今”を考えると、東アジアの情勢も危険度が増しています。
マスコミは「殺傷能力のある」という言い方を好んで使いますが、妙に含みのあるこの言い方は、好きになれません。
 
最初に2作の映画の話をさせてもらいます。
ロシアの文豪トルストイの小説「戦争と平和」を知らないという方は少ないでしょうが、全巻読んだという方も少ないのではないでしょうか。
私は、高校時代に読みましたが、10代の頭では表面的なことしか理解できませんでした。
その後、旧ソ連が1965年から1967年にかけて、この小説を全4部作という大作にして公開しました。
(日本では、二部を一つにして、前・後編として上映されました)
私は、その後のリバイバル上映を含めて3回鑑賞しました。
それで、ようやく、この小説の全貌を少し理解したと思えるようになりました。
 
1960年代当時のソ連は、真っ向から米国と覇を競う超大国でした。
この映画にかける執念はすさまじく、最大の戦闘であった“ボノジノの戦い”のシーンでは、自分が本当に戦場にいるかのような臨場感に圧倒されました。
エキストラ全員がソ連正規軍の兵士だということもあって戦闘シーンの迫力は真に迫っていました。
画面の1ショットで最大12万人が映っていると言われていますから、その迫力が分かると思います。
CGの無い時代ですから、そこにいたのは、すべて本物の人間兵士でした。
この映画は、ソ連のプロパガンダ映画ではなく、原作に忠実に作られていて、この大作の解釈を深めてくれ、深く考えさせられました。
 
もう一作の「西部戦線異状なし」は、戦争について別の考えを深めてくれた映画です。
戦前の1930年の米国映画で、第一世界大戦における一人のドイツ兵を中心に据えたストーリーでした。
高校生だった主人公は、先生の「ドイツを愛しているならば立て」という言葉で兵役を志願し、最前線に赴きます。
しかし、戦場は「祖国のために」などという感傷の世界ではなく、生と死が交錯する地獄です。
負傷して故郷に戻った彼は戦場の英雄として扱われますが、かつての高校で相変わらず生徒たちを戦場へと煽る教師の姿を目にし、凄惨な戦場に縛られたままの心は揺れ動きます。
 
やがて負傷が癒え戦場に戻った彼は、多くの戦友が命を失って消え、その補充に送られてきた、かつての自分のような新兵たちを目にします。
 
戦場が膠着状態に陥り、つかの間の平穏が訪れたある日、塹壕の鉄条網の向こうに一匹の蝶を見つけた彼は、蝶に向かって体を乗り出し、そろそろと手を伸ばしていきます。
しかしスクリーンには、その彼を狙うフランスの狙撃兵の姿が続きます。
そして、蝶とそこに向かって伸ばす彼の手だけが画面に大きく映ります。
彼の手が蝶の近くまで伸びた時、銃声が響きます。
そこで画面はストップし、次のテロップが流れます。
「この日、ドイツ司令部は発表した。『西部戦線異状なし』と」
 
私はレマルクの原作も読みましたが、映画からはそれ以上の鮮烈な衝撃を受けました。
映像の力ですね。
そして、現代の今も、同じような光景が世界の各所で起きていることに胸が痛みます。
 
先日、辺野古で起きた小舟の転覆事故で高校生が犠牲になりました。
基地建設反対の小さな抗議船に高校生たちを乗せたことで事故が起きましたが、現地の抗議団体と学校側の無責任な対応には呆れるばかりです。
また、この抗議運動を支援している日本共産党に抗議が集まったことを受け、同党の小池書記局長は「平和学習を受けて・・」と、あたかも犠牲となった高校生が「平和学習の成果として辺野古に来た」と思わせるようなコメントを出しました。
しかし、この高校生は自身のSNSに「きれいなサンゴ礁が見るのが楽しみ」と投稿していました。
こちらの気持ちのほうが本当ではないでしょうか。
 
このような意見を発信すると、非難を受けるかもしれませんが、政党の一部や平和団体が唱える平和は、商売道具のように思えて仕方ないのです。
こうした平和運動は、冒頭で紹介した二作品の映画に及ばないどころか、若者の気持ちを利用しようとする黒い霧に見えるのは私だけでしょうか。
 
次回は、国会の政争の的となっている「スパイ防止法」や「武器輸出」のことについて論じたいと思います。