USスチール買収問題(前編)

2025.06.02


この問題にもトランプ大統領が絡むので嫌になりますが、我慢してお読みください。
 
5月23日、トランプ大統領は、突如、日本製鉄によるUSスチールの買収を承認することを示唆しました。
だが、あくまでも“示唆”であって、「承認」ではないので要注意です。
しかも、奥歯に物が挟まったような表現で、「計画的なパートナーシップ」という意味不明な発言をしています。
 
USスチールの創業者「アンドリュー・カーネギー」は、鉄鋼王という称号だけでなく、カーネギーホールに名を遺す米国きっての文化人です。
ゆえに、同社は、多くの米国人の心理に触れる会社なのです。
しかし、その名門企業の前途は真っ暗で、倒産前夜と言ってよい状況に追い込まれています。
同社の窮状をチャンスと見た米国の鉄鋼大手クリーブランド・クリフスが買収を表明していますが、日本製鉄の半分程度の「火事場泥棒」と言える提示額です。
しかも同社には、日鉄に比べ数段劣る製鉄技術しかありません。
 
さすがのトランプ大統領も、日鉄に支援してもらう以外の道は無いと悟ったのでしょう。
しかし、日鉄が望む100%子会社化は実現させたくないというジレンマにあります。
彼は、昨年の大統領選挙中からこの買収には断固反対してきたので、この反対は選挙公約のようなものです。
それが「承認」へと180度舵を切ったわけです。
この背景を考察してみます。
 
第一の要素は、当のUSスチールの経営陣だけでなく労組および従業員全員が日鉄による買収を熱望している点です。
ピッツバーグ郊外にある同社のアーバイン工場において、USW(全米鉄鋼労働者組合)の副支部長を務める同社の労組委員長のジェイソン・ズガイ氏は、「連邦政府が主要な役割を果たし、ディールが成立したように見える」と言い、「ほっとした。ハッピーで、感謝している」とまで述べました。
地元ペンシルベニア州の住民はもちろん大喜びで、本社工場を置く鉄鋼の街ピッツバーグだけでなく、周辺の州を含めた政治家たちも、共和党はもちろん、民主党中道派も「トランプ大統領の承認で日本製鉄が巨額の投資を行い、老朽化した施設を作り変えることで、USスチールは蘇り、地元の雇用も維持される」と全面的な支持を表明しています。
 
全米の投資家たちも、この買収承認を支持しているようで、同日5月23日のニューヨーク株式市場で、同社株は一時26%も急騰し、終値も21%あまりで終えました。
東京市場でも、日本製鉄の株が7%上昇しました。
 
しかし、最大の懸念は、まさにトランプ大統領自身にあります。
米国の経済誌が指摘しているように「いったい、トランプ氏が何を承認したのか、はっきりと把握できていない」状態だからです。
トランプ氏本人は5月24日の記者会見で、「これは投資であり、部分的な所有だが、米国によってコントロールされることになる」と話したが、この“あいまいさ”は、彼自身が真に決断できていないことを証明しています。
果たして日鉄が実質的な経営権を握れるのか、完全子会社化が承認されないとしたら、いったい、どのような投資形態になるのか、「パートナーシップ」などという意味不明な言葉に騙されるわけにはいかないのです。
 
私は、トランプ大統領の腹の中は、「100%ではなく過半数の株式取得」で日鉄を納得させ、その上で工場強化の巨額の投資と技術供与を引き出す。さらに米国政府が同社の政策決定を覆せる権限を持つというような“虫の良い”決着を狙っているのだろうと見ています。
この問題、次号に続けますが、1ヶ月で事態がどう動くのか、報道と併せてお読みください。