反撃能力の保有は、専守防衛と矛盾するのか?

2023.02.15

【国際・政治】2023
 
「トゥキディデスの罠」という有名な言葉があります。
読者のみなさまには釈迦に説法ですが、言葉の意味を簡単に説明します。
米国の歴史学者グレアム・アリソンが作った造語で、台頭する新興国家と覇権を握る国家との対立が、やがて戦争が回避できない状態になる現象を指した言葉です。
古代ギリシャ時代、台頭した新興国家のアテナイが強国となり、覇権国家のスパルタと衝突する戦争に発展した歴史を、アテナイの歴史家トゥキュディデスにちなんで名付けられました。
 
これまでの大戦争に発展した経緯を分析すると、同様の歴史が繰り返されてきたことが分かります。
これは「どちらが悪い?」という善悪問題ではなく、必然的な帰結という論理問題なのです。
ゆえに、太平洋戦争もまったく同じ経過で発生した「必然のこと」と考えることが大事です。
これは、戦争肯定論ではなく、戦争を回避する論理なのです。
 
それを、米国と日本のどちらが悪かったのかという観点で眺めてしまうと、「負けたのだから日本が悪いに決まっている」という短絡的な結論になってしまいます。
戦後日本を覆ってきた自虐史観は、こうした意識で形成されてきたのです。
この自虐性が向かう先は、国民を勝ち目のない戦争に駆り立て多くの犠牲を生んだ国や軍隊となり、怒りとなっていきます。
米国は、こうした日本国民の怒りが自らに向かわぬよう、東京裁判で政府や軍の指導者を犯罪者として裁き、さらに職業軍人すべてを犯罪者として公職追放令で断罪したのです。
その結果、あの戦争を「加害者の立場に立った」当時の政府や軍が悪いと断定し、「恒久平和を求め、二度と加害者の側には立ちません」という戦後意識が日本人の根底に深く根付いたのです。
 
こうした国民意識が間違っていることを認識しながら、戦後、政府だけでなく野党勢力までが国民を騙し続けてきたのです(今も・・ですね)
遅いとは言えますが、若い世代のために今の国会が果たすべき役割があります。
それは、「あの戦争の中、当初の目的達成が難しくなった時点で、その後の被害を最小限に抑えるべく、米国とのコミュニケーションをどう回復させるべきであったか」とか、「国民の犠牲を減らすには・・」等という観点での戦前・戦中の総括を行うことです。
その後に、憲法を含めた法体系の再整備を行うことが大事です。
 
今の東アジア情勢の不安定さが中国の急速な台頭によってもたらされていることに異論がある人はほとんどいないでしょう。
それに対し、覇権大国である米国が「太平洋を奪われるかも・・」という恐怖感を抱いていることも明らかです。
それは、米国が80年前に抱いた恐怖の、デジャブ(既視感)そのものです。
当時の日本が今の中国に置き換わっただけです。
 
当時の日本は新興の「天皇制軍事国家」であり、今の中国は新興の「共産党独裁軍事国家」です。
対する米国は、当時も現在も、それとは異なる「民主主義軍事国家」です。
異なる価値観を代表する軍事国家同士の対立の先鋭化という点ではまったく同じ構図です。
グレアム・アリソンは、過去500年間の戦争を研究した結果を論文にしています。
それによると、覇権国の交代は覇権国同士の軍事対立となり、16の対立事例のうち12例は戦争に発展したと説き、日清・日露戦争および太平洋戦争もその事例として紹介されています。
 
今、日本は米国側に立ち、安保三文書で「日米同盟を強化し、対処能力を強化する」としています。
一方で、中国とは隣国であり、その交流の歴史は2000年に及びます。
米中戦争を回避する策が無いということは無いでしょう。
ただ、今の習近平政権は、軍事力偏重が強まる一方です。
日本は「平和憲法があるので加害者の側には立たない」ではなく、「いざとなれば、米国との同盟で軍事的反撃力を行使する」という意思を中国に対し示すことで、アリソンのいう13番目の事例になることを回避すべきです。
それが、「反撃能力の保有が専守防衛と矛盾しない道」ではないでしょうか。