終戦の日と靖国神社

2023.08.01

【国際・政治】2023

終戦の日から78年目を迎えた日本ですが、あの終戦は、とても中途半端な終戦でした。
市民を含めた総力戦の戦場となった本土は沖縄に留まり、空襲も大きな都市に限り、その被害も実は限定的でした。
原爆投下という惨状の衝撃で、戦後の敗戦報道は実態以上に過激化し、現在に至っています。
「広島・長崎は、今後100年間はぺんぺん草も生えない」といった科学的根拠のない報道などは、その典型です。
 
一方、GHQのプロパガンダもあって、「あの戦争はすべて軍部が起こしたことであり、国民は被害者だ」という「国民には責任がない」という被害者意識が一般化していきました。
こうした意識は、反日政策を掲げる中国やロシア、そして日本の左派勢力に利用され、日本を縛ってきました。
その線上で、靖国神社への参拝は「戦争を煽る行為」として、未だに批判の的になります。
たしかに、靖国神社が右寄りの政治に利用されているという側面は否定できませんが、遺骨すら戻ってきていない遺族にとっては、唯一の存在です。
特攻隊の生き残りだった伯父の「先に逝ってしまった戦友と『靖国で会おう』と誓ったのだから靖国に行くしかないのだ」の言葉の重さは、戦後生まれの私にも重たい言葉です。
 
東條英機を始めとする7名のA級戦犯の合祀が、靖国が左派勢力や中国などの批判に利用されている要因ですが、こうした危惧は当時からありました。
(実際は、獄死した7名を含めた14名のA級戦犯が合祀されています)
それゆえ、東郷平八郎を祀る東郷神社などから「こちらに合祀しては」という誘いもあったと聞いています。
こうした誘いに乗り靖国での合祀を避けていれば、靖国が標的となることはなかったかもしれません。
 
もちろん、このような意見に対し、「そう単純な話ではない」と批判される向きもあるでしょう。
しかし、中国や韓国による靖国批判が「戦犯を祀っている」という点に集約していることを考えると、批判材料を与えてしまったことは否定できません。
また、合祀前は参拝を続けていた昭和天皇は、この合祀以降は参拝を止め、以降、皇室関係者はただの一度も参拝していないことも、国民にとっては面映ゆいことです。
 
よく知られているように、靖国神社は、戊辰戦争での官軍の戦死者を弔うということで創建されました。
その後、幕府側の戦死者も合祀され、さらに日清・日露戦争の戦死者も合祀されたことで、以降、戦死者の霊を弔う神社となりました。
このように、そもそも戦死者の霊を祀る神社として設立された靖国神社に、戦死者ではないA級戦犯処刑者を合祀したことは間違いだという意見が妥当なように思えます。
 
靖国神社は、一度合祀した“御霊”を分祀することはできないと言っていますが、その根拠はあいまいです。
それより、あの戦争での戦地での戦死者240万人のうち、半数近い113万人の遺骨は、未だに戦地から戻ってきていないことに思いを至らせるべきと考えます。
そうしたことに何の手も打とうとせず、分祀を拒否する神社側の頑なさには疑問を感じます。
中国などによる不当な非難を封じ、総理や皇室を含めた日本国民の誰もが参拝できるように、分祀を進め、そして、未だ海外に眠る遺骨の収集と靖国への合祀に対し、国は積極的に音頭を取って欲しいと思います。