日本の領土は取り戻せるのか?(前半)

2026.09.16


日本の国土面積は、約37万8000平方kmです。
この面積には、北方4島、竹島、尖閣諸島が含まれます。
それは当然なのですが、北方4島はロシアに、竹島は韓国に不法占拠されたままで、尖閣諸島は中国による領海侵犯が日常化しています。
 
戦前は、上記の島々はもちろん、台湾や朝鮮半島も日本の権益の中に入っていました。
満州は無理がありましたが、少なくとも上記の島々は、明治時代から日本の固有領土でした。
戦争に負けるということは、こうした不当な扱いを受け続けるということなのです。
 
1945年 日本の敗北で戦争は終わりましたが、戦勝国の会議(カイロ、テヘラン、ヤルタと重ね、ポツダム宣言に行き着く)で、各国の領土は「日清戦争以前」に戻すということが決まりました。
日清戦争が起きたのは1894年です。
その20年近く前の1875年に、日本とロシアの間で「樺太・千島交換条約」が結ばれ、その結果、樺太はロシア、千島列島(全島)は日本領となりました。
つまり、北方4島だけでなく、千島列島の全島が日本領であるのが筋なのです。
この事実で「千島全島が日本領だ」と主張しているのは、日本では共産党だけなのです。
(もっとも、最近は”だんまり“ですが)
これに対し、自民党を含めて他の政党は「4島だけの返還」を主張しているのです。
もちろん、4島すら返さないロシアが千島全島なんて返すわけはありませんが・・
 
50年以上も昔の話ですが、大学の友人たちと3人で知床半島の羅臼岳に登りました。
羅臼岳の一般登山ルートは、オホーツク海側のウトロから登るコースですが、我々は反対の羅臼側から登りました。
羅臼岳の標高は1660mですが標高0mの海岸から登りますから、20代でもかなりのキツさでした。
それに、羅臼側の頂上直下は断崖絶壁になっていて、挑む者は滅多にいません。
断崖を登る途中、眼下を見下ろした時、霧に覆われた海岸は見えず、まるで奈落の底に吸い込まれていくように感じて身体が震えました。
ようやく山頂に着いたとき、霧が晴れたので、登って来た羅臼側を見下ろしました。
我々の「まさに眼下」に、大きく横たわる国後島が広がっていました。
3人とも「大きい!」と、その大きさに絶句状態でした。
同時に「こんな近くにある、この島は、やはり日本の島だよ」と、強く思いました。
 
歌手の加藤登紀子が「北方領土はロシア領」と発言し物議を醸しました。
加藤登紀子は中学校の先輩ですが、年が離れているので中学校で重なったことはありません。
ただ、先生から「超優秀で、駒場高校から東大へ行った子がいる」と聞かされたことがあります。
ちなみに、都立駒場高校→東大は、当時の女子の超エリートコースでした。
ただ、当時の東大は左派学生の牙城でしたから、その校風に染まったのでしょうね。
 
彼女が歌った知床旅情という歌が有名ですが、昔からこの歌の歌詞には首を傾げていました。
「はるかクナシリに白夜は明ける」という歌詞です。
羅臼岳の山頂から見たクナシリは「はるか・・」ではなく、すぐ眼下に広がっていました。
また、白夜は北回帰線より北の地域でないと起こりませんが、北海道は北回帰線のずっと下ですから、起きるはずはありません。
作詞作曲した故森繁久彌氏が知らなかったはずはないと思いますが、歌の歌詞ですから、ゴロで合わせたのでしょう。
生きているうちに、あの島が日本に戻る日がくることを願っています。
 
竹島と尖閣諸島のことは次号で・・