トランプvs DEI(その1)

2025.07.16


DEIとはDiversity(多様性), Equity(公平性), Inclusion(包括性)の頭文字をとった言葉ですが、近年のアメリカで急速に市民権を得てきた言葉です。
この標語の下、連邦政府の音頭取りで企業や教育機関などで、女性や有色人種、LGBTQを含めた多様な人々が公平に扱われ、「すべての人が活躍できる環境を整える」ことが米国社会の骨子となってきました。
この発端となったのは1964年に成立した「公民権法」で、人種、民族、宗教、出身国などによる差別は法律で禁止となり今日に至っています。
 
しかし、米国において、政治や経済の分野で、こうした平等が実現しているかというと、誰もが「違う」と言うでしょう。
米国社会での人種差別は今も深く残り、白人家庭と黒人家庭の世帯収入の平均は1.6倍の格差があると言われています。
さらに近年、ヒスパニック系やアジア系の移民が急増したことで人種の多様化が広がりました。
企業にしてみれば、給料が高い白人を優先して雇うより、非白人で給料が安く、そこそこ能力がある人間を雇うことは当然であり、2010年頃からDEIを経営理念に取り入れる企業が増えてきました。
実際、多様性がある企業は無い企業に比べて収益性が高いという数字も出ていて、そうした企業姿勢の下押しになっています。
そのような中、2020年に、白人警官による黒人男性ジョージ・フロイド氏の殺害事件が起きました。
この事件によりブラックライブスマター運動(Black Lives Matter、)という「黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える運動」が燃え上がりました。
その結果、世間の批判をかわすためにDEIを取り入れる企業はさらに増加しました。
この直後に誕生した政権が民主党のバイデン政権です。
当然のように、バイデン政権は、人種やジェンダーの面で史上最も多様なメンバーを登用した政権となりました。
現代の米国においては、Z世代と呼ばれる(13~27歳)の若者のほぼ半数が白人以外の人種で占められています。
さらに、ジェンダー面でも、彼らの2~3割がLGBTQを自認しているという数字も上がっています。
 
このような情勢が続くと、20年後の2045年には、米国の白人は人口の半数を割ると予測されています。
こうした予測に対し、白人層の多くが強い反発や危機感を感じることは当然といえます。
特に共和党は、その支持層の8割が白人で、かつ年長者が多い。
今のまま非白人が増え、いずれ白人が逆にマイノリティになれば党の存続自体が厳しくなります。
そこで共和党は、投票に無関心な人が多い白人の労働者階級に目を付けたわけです。
 
2016年の大統領選では、民主党のヒラリー・クリントンが有利と伝えられていました。
そこで、共和党は中西部ラストベルトの白人労働者の不満や怒りを意図して喚起し、第一次トランプ政権の誕生に繋げました。
しかし、その後に、先に述べたジョージ・フロイド事件が起こり、若いZ世代の白人層が社会性の大事さに目覚めたのです。
彼らは、黒人とともにブラックライブスマター運動を推し進め、自らを「ウォーク(目覚めた者)」と呼びました。
その結果、次の2020年の大統領選でトランプはバイデンに敗れたのです。
 
敗れた共和党は、今度はその「ウォーク」現象を逆手に取る戦術に出ました。
「ウォーク」は白人に対する“逆差別”であり、それが社会を分断させているというメッセージを打ち出して反撃に転じました。
フロリダ州を筆頭に共和党が強い州では、「白人の子弟に不必要な罪悪感を与える」という理由で、奴隷制などを教える歴史教育を制限し、さらに「子供に悪影響がある」として、LGBTQに関する本を図書館から撤去するなどの運動を大々的に推し進めたのです。
トランスジェンダーは特に標的にされ、未成年者への治療の制限や禁止を進めるなど、 DEIを進めていた企業を「ウォーク資本主義者」として攻撃のターゲットにしたのです。
こうした保守派の言動は過激化し、何か問題が起きる度に「原因はDEIだ」とする論調を煽るようになったのです。
例えば、2024年1月、アラスカ航空機のドアが上空で吹き飛んだ事故が起きたときは、「あれは機長が女性だったからだ」というデマを拡散させました。
こうした共和党の戦略の効果が出る中で、バイデンが大統領職に執心した末に候補をハリスに譲るという失態を犯しました。
ハリスはインド系の有色人種で女性です。
共和党の格好の標的となるのは当然でした。
バイデンが早くに再選を諦め、正式な民主党大会で若い白人男性の候補を選出したならば、民主党が勝利したでしょう。
誤解して欲しくないのは、私は、決してそれが良いと言っているわけではありません。
あくまでも、選挙戦術の問題として論じています。
 
しかし、結果としてトランプが大統領に返り咲いたわけです。
さっそく、トランプは、再任直後に起きた「旅客機と米軍ヘリの衝突事故」を「民主党の多様性政策のせい」だとする根拠なき放言をし、その後も類似の暴言が止まりません。
この話、次回に続けます。