第一列島線の攻防(4)

2020.01.06

日中韓が8月に外相会談を行った際、中国の王毅外相は河野太郎外相(当時)との2国間会談で「日本に米国の中距離ミサイルが配備されれば、日中関係に重大な影響を及ぼす」と脅した。
大変に高飛車な態度を隠そうともしなかったという。
王毅外相は、先日の韓国訪問では、もっと露骨に韓国を脅した。
 
実は、そのくらい、中国は米国のMPS =Maritime Pressure Strategy(海洋圧迫戦略)を恐れているのである。
当初、中国は、米軍のASB戦略は構想が粗雑であり、撃破可能と考えていた。
米軍を甘く見ていたのである。
米軍は、大規模な戦略開発を進める際、その途中の構想ごとに「○○戦略」のような名前を付けて、真の狙いをぼかすことが多い。
私は、故武岡先生から、米軍の戦略構築は孫子の研究結果に基づいていると教授されていたので、孫子流に個々の米軍戦略を解析してきた。
具体的には、米軍内で10年単位のスパンで行われてきた一見バラバラに見える議論を孫子理論で組み合わせ、真に目指す戦略の全容を理解するようにしてきた。
それが、今回のMPSの公表ではっきりしてきて、自衛隊との連携のあり方が分かってきた。
 
簡単に言うと、先に発表されていたASB(Air Sea Battle=エアシーバトル戦略)は、読んで字の如く、空軍と海軍という動的戦力の展開作戦を主体とする従来型の戦略である。
しかし、この戦略で第1列島線の内側に米軍を入れないという中国の対艦ミサイル網を突破できるのかという疑問があった。
弓矢の時代の戦争を描いた中国映画でおなじみのシーンがある。
それは、数千本の矢を一斉に打ち込み、敵の頭上に雨のように降らせるシーンである。
近年のCG画像の発達で、恐ろしいまでの臨場感で降ってくる矢雨の迫力はスゴイものである。
現代の中国軍は、あの矢の雨を対艦ミサイルで再現しようとしているのである。
 
イージス艦は、1艦で200の標的を捉え、同時に数十を撃ち落とせるという。
第一列島線防衛のイージス艦は、日米合わせて18隻体制なので、最大3600発のミサイルを補足し、300~400発を撃ち落とせる計算になる。
しかし、一撃をそれで迎撃できるとしても、地上発射の対艦ミサイルを連射されたら、イージス艦の搭載ミサイルは尽きてしまう。
 
そうした懸念がある中、公表されたのがMPS =Maritime Pressure Strategy(海洋圧迫戦略)である。
この戦略の主体は、陸軍と海兵隊である。
それも、地上発射かつ移動型の中距離ミサイル戦力である。
つまり、動的戦力であるASBと静的戦力であるMPSの組合せによる統合戦略が姿を表したということになる。
前号で述べた自衛隊の南西諸島への配備が、本戦略とリンクしているのは当然のことである。
 
中国が、最近、やっきになって米国の中距離ミサイルの配備について日韓両国を脅すのはMPSによって第一列島線の確保が不可能になる恐れが強まったからである。
しかし、米軍ではなく自衛隊が配備するミサイル網に関しては、中国は文句が言えない。
その撤廃を主張したならば、中国のミサイル網も撤廃せよと返されるからである。
日中関係を改善したいという最近の中国の姿勢は、これとリンクしている。
単純な平和を望む意思からではないことを肝に銘じておくべきである。
 
先のローマ教皇のように「軍事力による平和」や抑止論を批判する声は多い。
しかし、国内において警察力が必要なように、世界においても治安力が必要である。
それがない世界の現実を考えれば、軍事力のない平和は実現不可能である。
中国が第一列島線に対する野望を捨てない限り、極東に平和は来ない。