経済と政治(2):中国との関係

2016.04.28

多くの戦争は、経済と政治の整合の乱れから起こります。
第2回の今回は、現代の日中関係を論じてみたいと思います。

日本と中国は、1972年9月の日中共同声明で国交を回復しました。
今から44年も前のことです。
当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相が署名する姿は、よく覚えています

それからしばらくは両国の蜜月時代が続きましたが、尖閣問題を契機に関係は急速に冷え込みました。
今は、政治的に鋭く対立しながら、爆買いに代表されるように中国からの訪日者数は増える一方です。
いったい両国は仲が良いのか悪いのか、戸惑うこともあります。
そこで、いろいろ考えてみました。

個々の中国人は良い人が多いと思います。
昔から仕事で付き合ってきた人やプライベートで付き合ってきた人はみな良い人でした。
弊社には中国人の社員もおりますが、とても好青年で、日本の若者以上に良い人です。
ところが、中国政府の発言や行動を見ると、とたんに「??」となってしまいます。
尖閣や南シナ海で生じていることを見れば、無法国家と言ってもよいような振る舞いです。
絶対に自分の非は認めず、強い言葉で他国を口撃する。
都合の悪いことは知らん顔をし、自国に都合の良い理由だけを並び立てる。
軍事力を誇示し、近隣諸国を恫喝する。
個人だとあんなに良い人たちなのに、政府となるとどうしてあんなに付き合い難くなるのかと、愚痴の一つも言いたくなる。
どうしてなのでしょうか。

そこには経済の持つ力が色濃く反映しているように思うのです。
日中国交回復の頃は、中国経済は思うように良くならず、日本もまた経済成長の踊り場で次の目標が作れないでいました。
そこで、中国は日本の技術や資本力を取り入れられる、日本は中国の安く豊富な労働力を使えるとの両国の経済的思惑が一致して国交回復へ結びついたのです。
政治的には相容れない両国でしたが、田中角栄および周恩来の両首脳は、ともに実利を重んじる指導者でした。
経済的恩恵を政治より上に置いた結果といえるでしょう。

実際、総額3兆円を超える日本からのODA援助の効果もあって、中国の経済は目覚ましい発展を遂げました。
一方、日本企業の対中投資は増え続け、ユニクロのように生産を中国で行うビジネスモデルの成功例が多数生まれました。
しかし、この経済発展が、再び日中の亀裂を生むことになったのは皮肉としか言いようがありません。

経済的な自信を付けた中国は尊大になり、公に野望を口にするようになりました。
米国と肩を並べる強国になる。いや、米国をも追い落として世界最強の国になるという野望。
そうです。習近平主席の主張する「中国の夢」です。
前の胡錦濤政権は、国際協調を重んじ、その野望をあまり見せないようにしてきましたが、
それでも、中国国民のナショナリズムの高まりを抑えきれずに、尖閣での強攻策に転じました。
現在の習近平政権は、もはや野望を隠そうともせず、数々の実力行使に出てきたわけです。

国が貧しい時代は共産主義のような独裁政治になり勝ちですが、民生を犠牲にしてまで軍事費を増大させると国の経済がもたなくなります。
一方、経済力が上がってくると、軍事費を増大させることが出来るようになります。
しかし、国が豊かになると国民の権利意識が上がり、民主主義に移行し、民生を圧迫する軍事費の増大は思うようには出来なくなる。
欧米ではそう信じられてきましたが、中国はそうなりません。
経済発展以上に軍事費の増大を続けています。
どうしてなのでしょうか。
まだ中国は、そこまで豊かではないのでしょうか。
続きは次号で。