民主主義に軍事力は不要?(1)
2019.11.05
戦前の日本は、帝国主義国家であった。
帝国主義とは、自国の領土や覇権を広げるため、他国への侵略や合意を得ない領土拡張を国策とする主義と定義されている。
その定義どおり、日本は、朝鮮、台湾、樺太と領土を広げ、中国北東部に傀儡国家の満州国を建国するに至った。
現代の国際常識から言えば、こうした行動は“いけない”行為とされる。
しかし、そうした行動を違法行為とする国際法は、現在でも成立していないし、その手段として戦争を起こすことを違法とする法律さえ存在していない。
わずかに国連安保理決議があるのみである。
これが世界の現実なのである。
戦前の大国や強国は、すべて帝国主義国家であり、それが世界の常識であった。
英国、仏国、ロシア、スペイン、オランダ、米国などは、もちろん帝国主義国家であった。
しかも、多くの国は、現代につながる民主選挙による議会を持っていた。
民主主義が非帝国主義とはいえない所以である。
日本は、74年前の敗戦で民主主義国家へ衣替えした。
その衣替えは日本国民の自主的な意志ではなく、米国の意志に無条件に従ったものであった。
GHQ(占領軍)司令官となったマッカーサーは、日本を軍事力なき民主主義国家として再建しようと考え、日本の軍事力を完全に解体した。
終戦時の日本は、海軍こそ壊滅状態であったが、それでも200万の陸軍と1万期の戦闘機を擁していたというから、軍事国家のままであった。
実際、マッカーサーは、日本軍によるクーデターを覚悟していたという。
厚木飛行場に、パイプをくわえながら悠然と降り立つ彼の写真は有名だが、内心は、日本軍による狙撃にビクビクだったという。
「せめて拳銃の携帯を」という幕僚たちの説得を拒否して丸腰でタラップに立ったのは、自分の勇気を内外に示す目的だったといわれている。
ゆえに、日本を非武装の民主主義国家にするという彼の理想は本物だったといえるのである。
それから2年後に制定させた新憲法によって戦争を放棄させ、そのための戦力(軍事力)は持たないと宣言させたのだが・・
その理想はあっけなく砕かれ、日本は、今や世界第6位と言われる強力な軍隊を持つに至っている。
戦前の大日本帝国の軍事力は、世界第3位であったといえるので、その能力に近づいているのである。
平和国家=民主主義国家という図式は確かにあるが、民主主義国家=非軍事国家とはならない。
戦後の日本の歩みはそのことを証明しているのであろうか。
このことをもっと考えてみたいと思う。