これまでの経済、これからの経済(2)
2019.10.18
前号で「貨幣経済に移行すると『蓄財』が起きる。そして『過剰蓄財』となっていく」と説明しました。
では、こうした過剰蓄財を積み上げた者(つまり金持ち)は、ただ蓄財していくだけでしょうか。
日本昔ばなしの長者は千両箱を前に高笑いしていましたが、そんなわけはありません。
現実の長者は、この蓄財を活用して、もっと儲ける(蓄財を増やす)ことを考えます。
まず、考えられることは、金貸しです。
過剰蓄財を積み上げる者が出るということは、一方で、必要なモノを買えない者(つまり貧乏人)が出るということを意味します。
貨幣経済が生まれたことで格差が拡大する世界が始まったということです。
つまり、「格差をなくせ」という主張は、「貨幣経済を止めろ」という主張となってしまうのです。
話を戻します。
現代でも同じですが、金貸しという商売は「カネにカネを稼がせる」という効率の良い商売です。
いわゆる「濡れ手に粟」商売です。
しかし、大きなリスクを抱える商売でもあります。
その最大のリスクは「貸したカネが戻らない」というリスクです。
幕末の志士として有名な坂本龍馬は借金の返済を迫る相手に「返すカネがあるなら、借りないわ」と、煙に巻いたと言います。
このように金貸しは、非常にリスクの高い商売です。
ゆえに、金貸し商売が始まった頃の金利は100%でした。
「そんな法外な!」と思うでしょうが、それでも2件に1件踏み倒されたら利益はゼロとなってしまうのです。
貸す側からしたら、法外どころか、安心できる金利ではないのです。
やがて貨幣経済が順当に回り出し、貨幣の流通量が実態経済の2倍近くになってくると、カネの貸し借りの原資が安定し出します。
定額の給料をもらえる人(つまり、サラリーマン)が出現するようになると、借金踏み倒しのリスクも軽減されていきます。
それにつれ金利も下がってきて、金貸し商売は拡大していきました。
そのことで、利益を後で回収する「投資」がスムースに出来るようになり、経済は活性化されていきました。
江戸時代も、3代家光の頃になると、国内の戦争はほとんど無くなり、サムライの主要な仕事は事務作業となり、ますますサラリーマンとなっていきました。
それでも家計は必ずしもバランスせず、借金への需要は増え続けました。
この時代、幕府の旗本(今の国家公務員)や大名の城勤めの侍(地方公務員、企業社員)は世襲制でしたから借金踏み倒しの恐れが少ないとして、安い金利でカネが借りられました。
それでも金利は25%くらいでしたから、決して低金利とは言えません。
これでも、4人に1人に踏み倒されたら利益はゼロになります。
つまり、カネを貸す側からしたら、25%は譲れない水準で、現代でも通じる数字なのです。
金貸しの話は、経済の核心的な話なので、次号以降、もう少し続けます。