戦争と平和(その15:最終回):そのジレンマ

2016.02.02

このシリーズの結論として、以下のことを考えて欲しいのです。
「戦争と平和」は永遠のスパイラルのようなもので、どこまで行ってもキリのないジレンマです。
敵対する国どうしは、互いに相手より強力な武力を有していないと安心できないし、相手より先に武器を捨てられないのです。
武器を捨てられるのは、圧倒的に強力な武力を持つ統治者がいて、その統治者が平和を保証してくれる場合だけなのです。

日本だって、400~500年前までは庶民(村などのグループを含めて)の大半が武器を持っていたのです。
大きな寺院などは、僧兵などの専門の武装力を備え、抗争に明け暮れていたわけです。
そうした武力によって保護されていた内部では「平和」が保たれていましたが、その外の安全は保証されない平和だったのです。

日本国内が平和になったのは、戦国時代後期の3人の統治者のおかげです。
織田信長は、宗教勢力から武力を奪い取りました。
比叡山焼き討ち、伊勢長島の一向一揆殲滅などの、残酷とも思える施策は、そのくらい過激な実行力がなければ、宗教から牙(武力)を抜くことができなかったからです。
最後の仕上げともいえる石山本願寺攻めでは、本願寺の武力の前に一進一退を続けた挙句、ついに天皇の仲介を必要としたくらいです。
そのくらい、当時の宗教勢力の武力はスゴかったのです。

その後を継いだ格好の豊臣秀吉は、「刀狩り」政策で農民から武力を奪いました。
さきごろ始まったNHK大河ドラマ「真田丸」をご覧になられた方は、その第1回のラストで、主人公(真田信繁)一行が、武装した農民に襲われながら逃げるシーンを思い起こしてください。
あれが、当時の農民の普通の姿だったのです。
秀吉の刀狩りによって、ようやく農村に武器のない平和が訪れたのです。

その最終仕上げをしたのが徳川家康です。
大阪夏の陣で敵対する豊臣勢力を滅ぼし、ようやく日本に平和が訪れたのです。
しかし今でも“汚い手”を使ったと言われ、家康の人気はイマイチです。

この3人は、好きな人もいますが、それぞれ、暴君、傲慢、狡猾のイメージで嫌う人も多いです。
だが、この3人の努力で、最後に強大な武力を有する徳川幕府ができて日本は平和になったことは事実です。

しかし、歴史は皮肉です。
徳川時代の260年間の平和は、日本を武力的にはすっかり弱い国にしてしまいました。
そのことを、幕末にいやというほど思い知らされた日本は、明治以降、強大な武力国家になることを目指しました。
その結果、欧米列強に肩を並べるほどの軍事力を持ち、清國・ロシアという2つの強国との戦争にも勝ちました。
だが、その先に待っていたのが、悲惨な敗北です。
我々は、この歴史の教訓を学び、この先の日本を、世界を考えていかなければならないのです。

戦後の日本は、米国の強大な軍事力の傘で守られた平和を享受してきました。
しかし、米国に頼るだけではダメだと、軍事力を強化し、集団的自衛権で米国との共同作戦まで遂行出来るようにしようと、今の安倍政権は足を一歩前に踏み出したわけです。
戦後、期待を込めて設立された国連に世界を守る力が無いことは、誰もが分かっていることです。
かつ、米国が「世界の警察官」を辞めることを宣言している以上、世界には「平和を保証してくれる統治者」はいないのです。
あえて言えば、これからの世界は、戦国時代の日本のような状態かもしれません。
だから、「武力は必要なのだ」という意見が出るのは当然です。
しかし、その考えを庶民のレベルまで落としていくと、銃器所有が当然のアメリカ社会になってしまいます。
だから、「武力が良い」とは、とても言えません。

任期最後の1年を迎えた米国・オバマ大統領は、大統領権限という強権で武器所有に対する制限強化に乗り出しました。
オバマ氏が大統領になった最大の目的は、これにあったのではないかと思われますが、効果を上げる可能性は限りなく少ないでしょう。

「戦争と平和」は、永遠に解けないパラドックスのような気がしてなりません。
これが、今の私の結論です。