中国の思惑通りにはいかない(その5)
2020.09.16
今回のコロナ禍で大きな打撃を受けているものの一つに、中国が推進してきた「一帯一路」があります。
「打撃を受けている」という表現は適切ではなく、「問題点が噴出してきた」というのが正解です。
まず、中国は「なんで一帯一路を考えついたのだろう」というところから論じていきます。
近年、中国が国際社会で影響力を広げてきた要素は次の2つです。
(1)安価な技術力・労働力、(2)14億人の市場規模
しかし、急速な経済発展は急激な賃金高騰を招き、(1)の利点は消滅してしまいました。
(2)にしても、格差の急拡大によって起きた貧困層の急増が足を引っ張り出しています。
裕福な中間層が大幅に増え、その規模は6億~8億人と推定されています。
しかし、同時に貧困層も急増し、4億~6億人がそこに落ち込んでいるとも言われています。
つまり、今以上に中国の購買力を高めるには、この貧困層を引き上げる必要があるのです。
習近平政権が貧困撲滅を掲げているのは、中国経済が貧困層の壁にぶち当たっている証拠です。
だが、共産党独裁政権を支えている中間層の利益を貧困層へ分配すれば、たちまち政権基盤が揺らぎます。
そこで中国政府は、蓄えた資金力を海外のインフラ整備に投資することでさらなる経済発展を目論む「一帯一路」なる海外戦略を打ち出したのです。
このように、「一帯一路」における中国の狙いは、あくまでも中国の発展にあり、その目的に沿って、投資先の国の発展の蜜を吸い取ることにあります。
中国は、自国の発展の経験から、インフラが整備されればそれなりの発展が見込めるということを学んだわけです。
しかし、そこには大きな落とし穴があります。
インフラ投資が利益をもたらすのは、プロジェクトの完成が大前提です。
プロジェクトが完成できずに借り手が破綻すれば、最も大きなダメージを被るのは投資国です。
「一帯一路」の核心事業は、ご多分に漏れず土木建設事業ですが、投資先の腐敗体質や安全性軽視の姿勢、未熟な建設技術、遵法精神の低さなどにより、事故や環境破壊が絶えず、かなりのプロジェクトが破綻の危機に立たされています。
危険を感じた商業銀行は資金の返済を求め出し、中国政府はその対処にも直面しています。
投資先の破産を防ぐため、償還期限延期や利子の減免、場合によって一部の債務を無償援助に切り替えるといった決断も必要になっています。
長い目で見れば、そうした選択が利益へとつながるのですが、資本主義の経験の浅い中国には重たい課題といえます。
RUSI(英国王立防衛安全保障研究所)のエリザベス・ブラウン専任研究員の米フォーリン・ポリシー誌への寄稿が非常に的を得ていますので以下に紹介します。
「中国には、米国が数十年にわたりさまざまな国に作ったソフトパワーが皆無だ。率直に言って、中国は米国ほど魅力的ではない。世界でだれが自発的に中国の歌、中国のテレビ番組、中国のファッションを見てまねるだろうか」
さらに、「金で影響力は買えても、心は得られなかった。中国の国際地位急落はこれまで中国がグローバル商業ネットワークだけを構築し、友情を育まなかったためだ」
彼女の指摘は、中国の弱点を見事に突いています。
いま、新型コロナウィルス禍で多くの国の経済が冷え込んでいます。
それに加えて、米国の反中姿勢が激烈になり、かつ米国の戦線に参加する勢力は増えてきています。
中国の援助を受けている発展途上国は、香港問題などでは中国の強硬姿勢を支持していますが、自分への影響が少ないからであり、本心ではありません。
今や、中国が掲げる利点だけでは中国と一緒にやる理由が乏しくなっています。
むしろ中国に対し抱えていた不満が水面上に出てきて、増える傾向にあります。
中国は、こうした声を抑えるため、償還期限延期や利子の減免、債務免除といった策を打ち出さざるを得なくなるでしょう。
しかし、それは、減少傾向の外貨準備高のさらなる減少を招くという劇薬でもあります。
一帯一路は、中国経済破綻の導火線になるかもしれません。
最後に、マルクスの有名な言葉を紹介します。
「経済問題では、意志が現実を克服することはできない」
経営者が胸に刻んでおくべき言葉でもあります。
理念では経済は扱えないのです。