企業にとっての借入金(5)

2023.10.16

大手財閥グループの不動産会社からの「システムリプレースへの応札へ参加しませんか」の誘いは「1%の見込みもない」と思っていました。
なので、提案書提出後の再提出の依頼には驚きました。
それでも「よし、このチャンスを掴もう」とは思いませんでした。
(というより「思えなかった」が正解かな?)
 
結果としては、それが良かったと、今でも思っています。
再提出の提案書には、企業の基幹業務システムに必要な要点と自分の考えを簡潔にまとめました。
最後に、お客なら誰でも一番知りたい「開発期間」と「開発費」を一言で表現しました。
 
提出から1周間も経たないうちに、総務部長から連絡が入りました。
「ウチの社長が、あなたに会いたいと言うのだが、都合はつくかな?」
それでも、チャンスというより「へ~」と思っただけでした。
 
数日後、その会社の社長室に当の社長を訪ねました。
社長は、想像とはまったく異なる風貌でしたが、案内してくれた総務部長からは「ウチの社長を見た目で判断してはダメだよ」と念を押されていました。
でも、「何がダメなのか」なんて分かるはずはありません。
「自然体でいこう」しかありませんでした。
 
社長は、冒頭から核心の話をしてきました。
「あなたの提案は、他社提案の半分の期間、半分の費用だ。本当にできるのかね」
私は、こう答えました。
「期間も費用もダンピングではありません。しかし、大手の他社が過大に見積もっているとも思いません」
「?」という表情の社長に、さらに続けました。
「大手は、その大きな組織の維持費用が必要ですから、どの案件にもその分担費用を上乗せする必要があります」
「期間にしても、多くの人間が関与する体制のため、その時間を見込む必要があります。私はそうした大手の出身ですから、身をもって体験してきました」
「しかし、今の当社は数人の組織であり、システムの根幹は私自身が設計し、開発をリードするので、最高の効率で開発を進めることができます。費用や期間でダンピングしているわけではありませんので、この金額でも十分に利益が出ます」
 
さらに付け加えました。
「それが我が社の強みですが、設立間もない会社であり、吹けば飛ぶかもしれないです」
社長は、表情も変えずに、こう聞いてきました。
「万が一、御社が“吹かれて”飛んでしまった場合は、どうしますか」
即座にこう答えました。
「そうなった場合は、私を御社に雇ってください。一時期でよいです。システムを完成させ、運用を軌道に乗せ、システム管理者を養成したら、私は去ります。 期間は18ヶ月です」
社長は、そういう私をじっと眺めていましたが、「分かりました」と一言。
話はそれで終わりました。
 
ところが、自分の会社に帰社した後、すぐに総務部長から電話が入りました。
「君のところへの依頼に決定したよ。社長の一存だよ。いったい、どんな話をしたのかね」
私には「ありのままの話をしただけです」と答える以外の言葉はありませんでした。
 
この話は、今でも奇跡としか思えない思い出です。
この社長とは、システムを納めた後もお付き合いいただき、多くの教えと示唆を受けました。
すごいお店でのご馳走も含めてです。
その話はいずれまた。
次回は、借入金の話に戻します。