第一列島線の攻防(3)

2019.12.02

あまり報道されていないが、近年、石垣島や宮古島などの南西諸島が「建設特需状態」だと聞く。
賢明な読者のみなさまはもうお気付きと思うが、防衛関係の施設の建設が特需の中心となっている。
基地の拡充や新設といった直接関係の他に、隊員の宿舎用地の整備なども進められている。
こうした施設建設の種類や規模から、今後配置されるであろう駐留部隊の種類や規模が分かる。
 
こうした事実は、米中による「第一列島線の攻防」が新たな段階に入ってきたことを意味する。
外交上は日中関係の改善が進んでいるが、軍事的には日中は一触即発の敵対関係にある。
中国が尖閣諸島を「核心的利益」と位置付け、実力で狙う現状がある限り、日中は軍事的に対立せざるを得ない。
これを「日中のどちらが悪いのか」と論じることは意味がない。
日中両国には、それぞれの立場と政策があり、どちらが良い悪いの問題ではない。
日本から見たら、尖閣を守るか手放すかの選択問題であり、その答えは既に出ている。
 
中国にとっての第一列島線は、米軍を近づけさせないための防衛ラインであるが、その線上に国民が暮らす日本にとっては、防衛ラインどころか国民の生存を掛けた死活ラインである。
その重要性は、中国とは天と地ほども違う。
中国が第一列島線の支配を確立するということは、日本国が中国の支配下に入ることを意味する。
日本がそれを容認できないことは小学生でも分かる。
「平和が大事」というお題目の問題ではないのである。
 
この第一列島線の攻防に関して、平和に慣れた日本国民の関心は薄かった。
それに乗じ、中国は尖閣の領海侵犯を常態化させることで、やがて実効支配できると思ってきた。
かつ、オバマ政権時代、尖閣に対する米国の関心も薄いと踏み、実効支配の具体化を本格化させようとしてきた。
 
しかし、それは完全に中国の読み違いであった。
米軍は、共和・民主の政権に関係なく、第一列島線をアジア戦略の最重要ラインと認識していたのである。
米軍は、10年という時間を掛けて、中国の(A2/AD)戦略遂行の初動である第1列島線への短期高烈度の攻撃を跳ね除け、中国軍に勝つ戦略・作戦をほぼ完成させた。
2019年5月にCSBA(米国戦略予算評価局)が発表したMPS =Maritime Pressure Strategy(海洋圧迫戦略)を読むとその全貌が分かる。
ここまで掛けて、ようやく日米の戦略が完全な一致をみたのであるが、関心を持つ日本国民はほぼ皆無であり、マスコミも同様である。
 
だが、このMPSの発表に中国は大きく動揺している。
MPSは、それまでのASB(Air Sea Battle=エアシーバトル戦略)を補強したもので、一言で言って、対中国戦略の完結版といえるからである。
 
米軍はベトナム戦争の敗北の原因を究明していく中で、一つの結論を得た。
戦死したり捕虜となった北ベトナム軍の将校たちが持っていた2つの小さな冊子がそのヒントとなった。
その一冊は「毛沢東語録」であったが、もう一冊は古代中国の兵法書「孫子」であった。
当時の米軍の統合戦略本部は、こう結論づけた。
「我々は、北ベトナムに負けたのではない。この本に負けたのだ」
以来、米国には100を超す「孫子」の研究所が生まれ、その研究成果に沿って米軍の再編が行われ、新時代の戦略・戦術が練られていった。
冷戦の終結で、仮想敵国がソ連から、ロシア、そして中国へと変わった。
その変化を受けて、2010年からASBの検討が始まり、10年かかってMPSとして完成したのである。
 
次回、このMPSの概略を解説し、自衛隊との共同戦略について言及していきたいと思う。