商品開発のおもしろさ(12)
2021.06.16
水商売の商品開発は、物理的な商品のように目に見えるものではないので難しいです。
顧客は半ば「期待感」だけで対価を支払うので、お目当ての女の子がいる店か安い店を選びます。
それを例のバーテンは、水商売の商品は「過ごす時間の別世界感」と言ったのです。
その続きをもう少し。
前回、そのバーテンが言った「意味深な言葉」の意味から再開します。
「まだ、この店に“あいつら”は来てないみたいだけど、本番はこれからだよ。そん時、オレは助けられないから、あんたの力で切り抜けるんだぜ」
読者のみなさまは、もうお分かりだと思いますが、“あいつら”“とは、そうです。暴力団です。
私の店があった繁華街は、広域暴力団「住吉連合」の縄張りでした。
店の運営がようやく軌道に乗った頃、先触れの“ちんぴら”がやってきました。
「みかじめ料(用心棒代)を出せ」と言ったので、「払わない」と言って追い返しました。
そんな脅しが何度かあって、毎回断っていました。
このままでは済まないなと思いながらも、「あいつらの食い物にはならないぞ」と心に決めていました。
例のバーテンが言っていた「あんたの力で切り抜けるんだぜ」が、心の拠り所でした。
そのうち、“ちんぴら”ではダメだと分かったのか、兄貴分のような者が来ました。
正直ビビりましたが、腹をくくって拒否しました。
そんなことが何回か続いたある日の深夜、ひとりで店の片付けをしている時、下りていたシャッターをこじ開けて、その男が入ってきました。
アルコールが入っていたようですが、いきなり手に持っていたビール瓶をカウンターのテーブルで叩き割り、こう言いました。
「このままじゃ、示しがつかねえ」
その時の私の本音は、「逃げよう!」でした。
でも、「ここでオレが逃げたら誰がこの店を守るんだ」と思い直し、踏みとどまりました。
しかし、相手はプロのヤクザです。
まともに戦って勝てる相手ではありません。
その時、子供の頃、郷里の祖父に言われた言葉が頭に蘇りました。
「絶体絶命の戦いの時は、自分を守らず、相手への攻撃に全力を集中せよ」
つまり、「相打ちを狙え」ということなのです。
「死ね」というのではなく、相打ちに活路があるという教えだったと記憶しています。
父方の家は、幕末まで村松堀藩に仕える家でした。
村松堀藩は、最後まで幕府に忠誠を誓い、官軍と戦いました。
無論、結果は悲惨であり、生き残ったものは山へ逃げ、ほとぼりが冷めた頃、山裾に下り農業を始めたと聞いています。
もちろん、明治生まれの祖父は幕末を経験していませんが、本人のさらに祖父の代の親族から一族の悲哀は聞いていたのかもしれません。
祖父は剣道の達人でもあり、厳しかったその教えは強く残っていました。
私はとっさにカウンターの中に目をやりました。
水商売の店のカウンターの中には、武器になりそうなものが結構あります。
氷を割る鋭いスティックとか“つまみ”を作るための包丁などです。
私は、とっさに研いだばかりの刺身包丁を手にしました。
刃物を手に持つと、不思議に恐怖は消え、震えが止まりました。
私は、相手の首筋の付け根の一点に意識を集中し、彼が襲いかかってきたら、そこを突こうと狙いを定めました。
すると、彼は「いや、事を荒立てる気はないが・・」みたいなことを言い出し、やがて店から出ていったのです。
私は拍子抜けして、しばらくボーッとしていました。
ことの本質を理解したのは、それから数日後のことでした。
夕方、開店したばかりの、まだ客がいなかった時に、そのヤクザが来たのです。
次回、もう1回だけ、この話の続きをさせてください。
商売の大事なポイントがあります。