企業における社長の力(10)
2020.05.18
1年も中断していた本シリーズを再開する契機になったのは、今回のコロナウィルス禍です。
トップの役割の重要性を改めて考えさせられたからです。
日本最大の法人であるトヨタ自動車が副社長職を廃止し、豊田社長以外の役員21名全員を同格の執行役員とする人事を発表しました。
豊田社長の存在感の高さは周知のとおりですが、ここまで大胆な改革を推進する実行力はトップの資質として最も大事なことだといえます。
豊田社長とは比べ物になりませんが、ある意味、中小企業のトップは、もっと厳しい局面に立たされ、もっと困難な決断を迫られているといえます。
そんな理由で、本シリーズを再開することとしました。
さて、中断前の第9回は、弊社が倒産必至の状態に追い込まれた時の話でした。
(2019年3月31日号(配信4月1日)を読み返してください)
取引の一番多かった販社の常務に会い、商品の版権をすべて引き渡す代わりに、使えると思った社員の雇用をお願いしたところで話は止まっていました。
そこからの再開です。
今回のコロナショックで苦しんでおられる社長さんがおられたら、少しでも参考になれば幸いです。
では、その時のやり取りを続けます。
常務さんは、こう言われました。
「なるほど、話の内容はあらかた理解できました。しかし、私の一存で返答はできません。ご面倒をお掛けするが、明日もう一度お越し願えないか。経理責任者の常務と一緒に、再度お話を伺いたい」
もちろん、倒産を覚悟していた私に異論はありませんでした。
翌日、二人の常務さんに対して、前日と同じ資料で同じ説明をしました。
話し終えたとき、最初の常務さんがこう質問しました。
「これで・・すべてですか?」
質問の意図を図りかねましたが、私は答えました。
「これがすべてです。資料も話も昨日と同じで、すべてです」
ところが、私の返答を聞いた常務さんは、ニヤッと笑ったのです。
いえ、もしかしたら「ニコッ」だったかもしれないのですが、今でも「ニヤッ」という記憶が鮮明に残っています。
そして、静かに次のような話を始めました。
「私は銀行から当社に来た人間です。銀行時代は、多くの支店長を歴任してきました。
そうした時代に、今回のようなお話を山のように経験してきました。
すべての資料に目を通し、すべての話を聞いた後、私は必ず、今回のように『これだけですか?』と聞くのです。
すると、ほぼ全ての方が「いや、実は・・」と、それまで話さなかったことを話し出すのです。
とことん相手の話を聞き、資料を精査すれば、隠していることがあるくらい、我々には分かります。
ですから、『やっぱり・・』となるのですよ」
私は、何も言葉を発することが出来ず、ただ呆然と聞くだけでした。
常務さんは続けました。
「しかし、あなたは『これだけ』と言い切り、昨日とまったく同じ話をなさった。分かりました。あなたを信用しましょう」
私は常務さんの言葉の意味を推し量れず、心の中でこう思っていました。
「信用します・・ということは、ソフトの版権と引き換えに従業員の一部だけでも雇用してくれるということかな」
しかし、常務さんの次の言葉は予想外でした。
「ところで、いくら、必要ですか?」
私は、その言葉の意味が分からず、しばらく沈黙しましたが、突然、頭の中に次のことが浮かびました。
「それって、うちの会社を金銭支援してくれるということなのか・・」
まったく想像すらしていなかった展開です。
現在も弊社は存在していますから、その後の展開は想像できると思います。
この話は自慢話のように聞こえるかもしれませんが、私が言いたいことは、次のことだけです。
絶体絶命の危機に陥った時には、有効な手段などあるはずは無いのです。
ただ、最悪の手段と最善と思える手段ぐらいは考えられるはずです。
そうして考えた最善の策を、迷いなく実行するのみなのです。
誰かに救ってもらおうとか、宝くじに当たらないかな、などと考えないことです。
「すべてを失っても、命さえあれば、またやり直せるさ」と開き直り、最善と思える策を愚直に実行するだけなのです。
今回のコロナ危機は、弊社にとって何度目かの危機ですが、これまでの経験から即座に考えられる手を打ち、さらに深刻化した場合に備える策も考えてあります。
読者のみなさま、ともに乗り越えていきましょう。