核兵器を保有する意味(その1)

2026.10.15


扱いが難しい問題ですが、日本は核兵器の照準を日本に向けている国々に囲まれています。
国民の多くは「それは分かっているが・・」と、考えないことにしています。
考えている人も「そんなこと言ったって、どうしようもないよ」と諦めています。
そこに小泉防衛大臣が一石を投じました。
この問題について論評をしたいと思います。
 
小泉進次郎防衛大臣は、2026年7月のインターネット番組や海外訪問時の発言において、核兵器や原子力潜水艦の保有・持ち込みについて「タブーなく議論すべきだ」「あらゆる選択肢を排除せず議論することが重要だ」と述べ、波紋を呼びました。
 
広島・長崎の悲惨な過去を持つ日本国民は、核問題に対して相当にナーバスになっていて、平和利用である原子力発電に対しても反対運動が絶えません。
ですから、核兵器保有などは口に出すことすらできない状態が今も続いています。
小泉大臣も「核兵器を持とう」と言ったわけではなく「議論すべき」と言っただけです。
しかし、そうした発言をするだけでも「持ちたいという本音を隠しているだけだろう」という批判が起きます。
 
日本は、核の技術に関して間違いなく先進国です。
使用済み核燃料の処理から出たプルトニウムも相当数を保有しています。
世界からは、その気になれば、半年で数十発の原爆を作れるとまで言われています。
さすがに半年は無理だと思いますが、1年以内には可能だとは思います。
 
私自身、コンピュータメーカーのSE時代には軍事システムの開発に従事し、建設会社では原発のメンテナンスや使用済み核燃料の研究施設、素粒子研究施設などの放射線が出る施設の設計や建設に従事してきました。
仕事として国内外の専門家や研究者たちとの共同作業も行ってきました。
 
そうした結果、自身も“それなり”の放射線を浴びてきました。
だからこそ、素人では知りえない実践から得た意見を持っています。
正直な気持ちを言えば、「核兵器廃絶」に軽々しく賛成ができないのです。
現実に、周辺の独裁国家が核兵器を保有しているだけでなく、日本に狙いを定めた発射体制にあることを考えると、簡単に「核兵器NO」とは言えないのです。
イエス・キリストは、「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」と言いましたが、現代では、右の頬を打たれた時点で終わりになってしまいます。
米国もロシアもキリスト教の国のはずですが、自分の頬が打たれてもいないのに、先に相手を殴っています。
そして、中国、ロシア、北朝鮮は、核弾頭の照準を間違いなく日本に向けています。
その発射を止めさせる一番有効な方法は、こちらが核ミサイルを保有し、「報復するぞ」と報復の構えを見せるしかないという絶望的な状況が現実なのです。
 
今は、幸いと言うか、その報復の役割は日米同盟によって米国が担ってくれているわけです。
しかし、現在の大統領に今一つ信用が置けない現実は怖いです。
日本が核兵器保有の可能性を100%消したら、この3か国は果たして日本に向けた照準を外すでしょうか。
残念ながら、その可能性は「限りなくゼロ」です。
 
若い頃、暴力団の人間と対峙した私は、「相手はプロ、相討ちを狙うしかない」と覚悟を決めました。
国の安全保障問題に関して、綺麗ごとに頼ることは何の効果も無いどころか危険です。
では、こうした理不尽な国々に対し、膝を屈して「撃たないでください」と懇願しますか。
説得が利かない暴力相手には、報復する覚悟を見せるしかないと思っています。
そうした意味から、小泉防衛大臣の発言には賛成です。