これまでの経済、これからの経済(14):アベノミクスの評価

2020.10.16


今回は、前政権のアベノミクスという経済政策の功罪を検証してみます。
7年余りのアベノミクスを通じて株価は上昇し、企業業績は拡大しました。
これは功といえます。
一方、賃金は横ばいで、家計の可処分所得はむしろ減りました。
これは罪といえます。
ただ、この傾向は、安倍政権以前から続いていたことです。
実際、バブル以降のどの政権においてもGDP(国民総生産)の成長率に大きな差はありませんでした。
つまり、どの政権も時代の変化に合わせた経済への転換ができなかったのです。
安倍政権は、そこに気が付き、時代に合わなくなった産業構造を変え、日本を持続的な成長路線に乗せようとしました。
しかし、この改革には多大な時間がかかるため、その実現までの点滴として金融緩和を行い、長年続いたデフレを打破するため異次元の財政出動というカンフル剤の投与を行ったのです。
その役割を、抜擢された日銀の黒田総裁は実直に遂行しました。
そこまでは良かったのです。
 
しかし、残念ながら安倍前首相には産業構造を根っこから変えるという大改革を実現する力量がありませんでした。
その代わりに実施したのが、インフラ輸出の推進と海外からの観光客誘致によるインバウンド需要の喚起でした。
この両政策は、外国に頼った政策です。
輸出を増やし、外国人観光客にカネを落とさせれば、日本経済が潤うという考え方です。
想定外の新型コロナウィルスが、その幻想を打ち砕いたわけですが、結果としては、それで良かったのです。
 
これだけの犠牲者を出した災禍を「良かった」というのは気が引けますが、経済的考察なので、ご容赦願います。
日本経済を立て直す本丸は、「外国依存の経済」という価値観から転換することのはずでした。
つまり、日本自身の消費の力で経済を回すという内需主導型経済にシフトさせることです。
なのに、安倍前政権は、輸出やインバウンド景気で経済を成長させるという古い価値観に基づく政策を継続してしまったわけです。
輸出主導型経済が効果を発揮するのは、企業が国内で設備投資を行い、その結果、国民の所得が増え消費が拡大するという発展途上式のメカニズムが働く間です。
しかし、賃金の上昇は、やがてメーカーが生産拠点を賃金の安い海外に移すという側面を生み、輸出企業の業績が向上しても個人消費が拡大しないという負のスパイラルに陥ります。
 
日本のGDPにおける個人消費の割合はすでに6割を超えています。
つまり、日本はすでに内需で経済を回す仕組みにシフトしているのに、政策が輸出型企業を優遇する仕組みのままなのです。
内需経済の主役はサービス業であり、それを支えるITや建設産業などのインフラ整備産業です。
しかし、こうした産業に従事する社員の賃金ベースは製造業よりも圧倒的に低いのが現状です。
人口比で多数派になっている内需型企業に勤める国民の賃金が低ければ消費が増えないのは当然です。
安倍政権の失敗は、国内サービス産業やインフラ整備産業の生産性を向上させ賃金を引き上げることに無頓着だったことにあります。
ようやく数年前から生産性向上を言い出しましたが、中身は長時間残業の抑制ばかりで、内需型産業の根本改革というところには考えが及んでいませんでした。
とすると、菅政権が取り組むべきことははっきりしているわけです。
 
当面、「アベノミクス路線を踏襲する」ということはやむを得ないでしょう。
いきなり点滴を外せないからです。
肥大化した日銀のバランスシートは問題ですが、急激な処置は取れないため、量的緩和策も継続せざるを得ないでしょう。
しかし、その資金を単純な輸出振興策やインバウンド需要に充てることではなく、内需拡大策に投ずるべきなのです。
 
そのカギは高度人材の育成と高度インフラの整備にあります。
日本の最大の強みは教育の底辺の高さと部品産業に代表される基礎技術力の高さにあります。
この高さの上に、さらに高いスキルを持つ技術者や労働者の層を乗せていく政策が必要です。
具体的には、個人や企業活動のデジタル化を進めると共に、教育・研修を通じたスキルアップ支援などを手厚くバックアップすることです。
こうしたソフト面の強化によって、サービス業やインフラ整備産業の生産性の向上を実現し、関連産業の賃金を引き上げることです。
国交省が推進にやっきになっているキャリアップシステムは、こうしたビジョンも戦略・戦術もないので、普及が足踏みしているのです。
 
菅首相は、上記のような内需型経済への転換政策パッケージを国民に提示し、総選挙を仕掛けて欲しいと思います。
こうした政策に対して国民の信を問い、その支持をバックに果敢に打って出ればよいのです。
 
「もし支持されなければ」ですか・・
その時は、潔く身を引けば良いのです。
菅首相は、空手の達人(?)と聞きます。
武の心を期待します。