SNSの危険性とNECの顔認証技術(その1)
2026.04.30
脆弱性が放置されたまま、SNSに代表されるネット世界があっという間に広がり、拡大を続けています。
その結果、当然の如く犯罪の有力手段としての使用が拡大かつ悪質化してきています。
私の毎朝の最初の仕事が、夜間・早朝に大量に届く不必要なメールやネット売り込みの削除になっています。
月曜や連休後は、特にひどいです。
年間にすると、相当な無駄時間です。
もちろん、そうしたメールを自動的に排除する処置を設定していますが、その効果も一時的で、再び増え出すという“いたちごっこ”です。
同じような方が大勢いるのではないかと思うと、この時間損失は日本中でバカにならない損失になっているはずです。
こうした迷惑メールを自動で大量に送り付けるサーバの多くは海外にあって、根本的に取り締まることが難しいのです。
ネットが一般に普及する前から、こうした事態になることを危惧していましたが、それが現実化し、さらなる悪化が進行しているわけです。
本メルマガで何度も書いていますが、私は60年前からコンピュータを使ってきた人間です。
当時は、スマホはおろかパソコンすら無く、厳重に管理された大きな部屋に鎮座していた大型の汎用コンピュータしかなかった時代です。
もちろん、インターネットは影も形もない時代です。
コンピュータと端末は、専用回線で結ばれていたため、外部からの侵入は物理的に不可能でした。
そのコンピュータ本体および端末との対話はこうでした。
マシン及び端末に固定されているキーボードで指令や質問を送ると、キーボードの前に据え付けられているライン・プリンタ(1行ずつ打ち出すプリンタ)で、マシンは回答を打ち出してきます。
これが、当時のコンピュータとの会話でした。
ところが、その数年後、米国でパソコンの原型モデルとインターネットの実証実験を相次いで目撃する機会を得ました。
パソコンの原型モデルへの指令はキーボードからでしたが、パソコンからの応答はライン・プリンタではなく、現代と同じ画面でした。
そして、その画面には、現在のwindowsのすべてがありました。
マウスもあり、現代では当然すぎるGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)での応答でした。
私は、そのとき、初めてその画面を目にして、初めて操作しました。
画面の中にはゴミ箱までありました。
そうです。たしかに今日のすべてが50年以上も前の試作モデルにあったのです。
画面がカラーでなく白黒だったことを除いて。
自分の偏見ですが、現代のwindowsより、はるかに洗練された画面だったと記憶しています。
それから50年、パソコン自体は、大容量となり、速さは格段に進化しましたが、アーキテクチュア(核心の機能)に関してはあのときからほとんど進化していません。
SF映画で見るような世界は、いったい、いつ来るのでしょうか。
基本の技術は、半世紀前から停滞したままなのです。
一方のインターネットは、当時の米国国防総省が開発した通信規格です。
当時の国防総省は、核戦争後に生き残る人類の数を1000万人と試算しました。
しかし、その1000万人が世界中にバラバラに存在したままでは、やがて人類は滅亡するとの試算が出たのです。
つまり、人類が種をつないでいくには、その1000万人が1ヵ所に集まる必要があると考えたのです。
しかし、核戦争後の世界は破壊されつくされ、稼働できるシステムは僅かしかないであろう。
でも、生き残ったシステムをつなぐような通信手段があれば、それを通じて、お互いの存在を知り、新たなコミュニティーを築くことが可能となるであろう。
そこで、当時の技術者たちは考えたのです。
生き残っているマシンや通信回線を自動で見つけて、それらをつないでいけば、生き残った者同士が互いの生存が確認できて、やがて集まれるだろうと。
それがインターネットなのです。
ゆえに、やり取りする情報を守るセキュリティは無用どころか“邪魔”だったのです。
しかし、核戦争が起きる前に、インターネットは異常な広がりのまま膨張し、ビジネスや個人の生活のほぼすべてを仕切るようになってしまいました。
情報を守るセキュリティを置き去りにしたまま。
この話、次号以降に続けます。

