新車陸送の世界(10)
2026.03.02
前回、輸出用のスポーツカーを工場から本牧埠頭まで陸送運転した話をしましたが、他にも、4年間を通して事故を起こさなかったことで、輸出車だけでなくいろいろな車を運転する機会に恵まれました。
珍しい車としては、パトカーを運んだことがあります。
もちろん輸出用ではなく県警に納車するパトカーです。
工場を出る前に「サイレンを鳴らしてはならん、屋根の赤色灯を点灯してはならん」と厳重に言い渡されてから工場を出発、そして国道に出ました。
運転する私は、もちろん警官の制服は来ていません。
作業用のジャンパーを着ていたのですが、夜ですから他の車から車内の様子はよく見えません。
一般車は、本物のパトカーだと思って、慌ててスピードを落とします。
その様子に「なるほど!」と、一人納得しながら運転を続けました。
もちろんパトカー自体は本物で、黒白のツートンカラーのボディーには「〇〇警察」の文字がくっきりと描かれていますから、一般車が間違えるのも無理はありません。
私は、出発前に注意されたように大人しく国道を走っていましたが、前方に、乱暴に自転車を追い越したカローラを見つけました。
私は、スピードを上げ、そのカローラの後ろに近づき、マイクを取り上げ、スイッチを入れました。
そして、「前の赤いカローラ、自転車を追い抜くときは十分な距離を開けなさい」と声を掛けました。
その声にカローラは慌てたのか少し蛇行しながらスピードを落とし、車を路肩側に寄せました。
私は笑いそうになりながらマイクのスイッチを切り、その車を追い越しました。
『サイレンや赤色灯はダメと言われたが、マイクは言われなかったもんな』と、車内で一人、声を出して笑いました。
この話は笑い話ですが、無蓋(荷台のない)大型トラックの運転をしたときは、恐怖と緊張を強いられる地獄のような経験でした。
大型免許を持っていない私は、大型トラックは運転できませんが、会社からは「荷台のないトラックは普通免許で運転できる」と言われていました。
それが本当かウソかは今でも分かりませんが、今さら知りたくない話ですね。
しかし、無いのは荷台だけではありません。
運転席も無いのです。
「えっ」と思いますよね。
トラックのシャーシー(鉄骨の骨組み)の上に座席代わりの「ミカン箱」が縄で括り付けられているだけで、側面も背面もボディーはなく、剥き出しです。
前面のフロントガラスもなく、風に吹き曝しです。
目の前にはハンドルとむき出しのメーターパネルがあるだけで、ミカン箱の運転席(?)には背もたれも付いていません。
もちろんシートベルトなんてありません。
外部にまったくの剥き出しの姿でミカン箱に座り、数十キロ先の埠頭まで運転するのです。
さすがに高速で走ることは怖かったですが、それでも80km/hぐらいは出しました。
信号で再発進するとき、背もたれが無いことを忘れてアクセルを踏み、後ろに転げ落ちそうになり、慌ててハンドルにしがみ付くことが何度もありました。
高速でカーブを切る時は、尻が外側にずれていき、ミカン箱から外れそうになります。
運転しながら少しずつ、必死にお尻を元の位置に戻します。
荷台が付いていない大型トラックは前後のバランスが極端に悪くなります。
荷台の重さ分、後ろが軽いので当然です。
おまけに輸出用の車は、船で運ぶ間にタイヤの空気が抜けていくので、工場出荷時にタイヤの空気圧を目いっぱいに上げています。
パンパンに空気圧が上げられたトラックは、道路の少しの“でこぼこ”でも跳ね上がり、振り落とされそうになります。
暴れ馬に乗っているようなもので、埠頭に着くころにはへとへとです。
しかし、それより苦しいのは、排気ガスです。
フロントガラスが無いので、他車の排気ガスがもろに顔に当たります。
ゆえに、口をタオルで覆い、目をゴーグルで防護しながらの運転です。
「こりゃ、たまんねえな」なのですが、次第に、運ぶ車のカードに記された番号で、無蓋トラックを見分けられるようになりました。
その場合は、新参者に「お前の車はこれな」と、シカトして渡す術を覚えました。
『ひどい』と思われるでしょうが、それが、このチームの無言のルールでした。
このような“ひどい”車も運びましたが、反対に、とても“美味しい“経験もしました。
次回は、そうした話を。

