新車陸送の世界(14)

2026.07.31

ある日、陸送チームに一人の“おっさん”が入ってきました。
たぶん50代後半だったと思いますが、20代前半の私にはかなりの年配者のように見えました。
だから、「えっ」と思いました。
読者のみなさまも、このチームの狂ったような走りを知っていますから、「えっ」と思われたでしょう。
当時のチーム全員が『このおっさん、無理やろ!』と思ったはずですが、誰も何も言いません。
案の定、チームの狂ったような走りについてこられるはずはなく、“おっさん”は、かなり遅れて埠頭に到着。
マイクロバスの中や外で待っているチームの冷たい視線を感じてか、“おっさん”は身を小さくして「すみません、遅くなって」と、か細い声で何度も謝る。
しかし、言葉を返す者はなく、冷たい空気だけが流れる。
私は、『このおっさん、勤めていた会社をクビになって、こんなバイトに来たんだろうか。だけど無理だよ、続けられるわけはないし、ヘタしたら死んじまうぞ』と思った。
誰も口には出さないが、みな同じように思っている空気がマイクロバスの中を漂う。
やがてマイクロバスは工場に戻り、この日2回目の陸送が始まる。
すると、リーダーが私を呼んだ。
そして「次回のお前のカード、この“おっさん”に付けるぞ。いいな」と言った。
つまり、次回、私が運ぶ車は、私ではなく、くだんの”おっさん“が運んだことにするという意味である。
リーダーは“おっさん”に向かって「俺たちが戻るまで、その辺の車に潜り込んで寝てろや。おっさんの代わりに“こいつ”が運んでくれるとさ」と、私を指さして言う。
私は「そんなアホな・・」と言いたかったが、リーダーの鋭い視線に何も言えない。
リーダーと殴り合いのケンカまでする気の荒い先輩も『分かったな』と、口には出さず目線で私を黙らせる。
私は「はい」と言うしかなかった。
リーダーは別の若手を指さし、「その次はお前な」と言う。
彼も「はい」と言うしかない。
おそらく、一番驚いたのは、当の“おっさん”だったであろう。
だが、何も言えずに、私のほうを見て「すみません」とでもいうように手を合わせた。
私は、腹が立つというより、不思議な考えに囚われた。
交通法規や信号の全てを無視して暴走ともいえる走りを常態化しているチームの先輩たちの不思議な意識にである。
『この人たちの意識や善悪の概念は、いったい、どうなっているんだろう』と考え込んでしまった。
しかし走り出せば、そんな疑問などを抱えている余裕など無い。
チームはいつもの走りで埠頭まで走り抜け、そしてマイクロバスで工場に戻った。
くだんの“おっさん”は、我々を待っていた。
そして、私に向かって何度も何度も「すみません」と頭を下げた。
私は無視するのも大人げないと思い、「いいんですよ」と言った。
ずらりと新車が並ぶ広大な駐車場の一角で淡い照明に照らされた“おっさん”の顔を見ていると、怒る気にはなれなかった。
自分の父親のような年代のこの“おっさん”に対し、『この人の家族は、こんな“おっさん”の姿、知らないんだろうな』と考えると、何だか悲しくなってしまった。
こうして“おっさん”は、この夜1台運んだだけで、6台分の報酬を得ることになった。
その分、我々若手は1台分ずつ減ることになったが、不思議と腹は立たなかった。
次の日“おっさん”の姿はなかった。
若手の同僚が「あの“おっさん”いないな」と口にすると、
リーダーは「もう来ねえよ。社長に『無理に決まってるだろ』と言ったらよ、『タクシー運転手だったというから大丈夫と思ったんだがな』とさ」と言う。
そして我々に向かって言った。
「あのまま走らせたら、あのおっさん死ぬぜ。お前らだってそう思ったろう。だけど毎回、お前らに肩代わりさせるわけにはいかねえのも当然だ。社長に解雇してもらったよ」
平然と法規を無視する“とんでもない”走りをするリーダーたちの行為と、この奇妙な思いやり(?)とのギャップに、私は考え込んでしまった。
『人の優しさってなんだろう』と。
そして、『ものごとは、一面だけ見ていたのでは分からないな。
先輩たちは、殴り合いの喧嘩までするのに、あの“おっさん”のような弱者に信じられない救いの手を出す。
だけど、仲間とは認めず、追い出す。これが人間というものなんだろうか』と思うのであった。
年齢を重ね、多くの経験を経た今では「こうした矛盾の中で生きることが人生なんだ」と割り切っているが、答えを得られたわけではない。
この先、人生を終える瞬間に浮かぶ意識が、その答えなのだろうかと考えた。