新車陸送の世界(15)

2026.08.03


今回は、とても嫌な話です。書くのを躊躇しましたが、実際に経験した話です。
当時の日本が置かれていた悲しい現実ですが、現代にも通じる話です。
それでは。
 
所属していた陸送チームは、全員で15、6名。
工場を出てしばらくは数台が固まって走るが、やがてばらばらになり単独走行になることが多かった。
その夜は、深夜になるにつれ霧が立ち込めてきた。
「いやな天気だな。気をつけて走ろう」と、単独走行になっていた私はいつもより慎重に走っていた。
国道はやがて左手に広い米軍基地を見る直線道路に入った。
基地は広大な広さで、有刺鉄線で道路と仕切られていた。
いつも“嫌な感じ”がする、このエリアを早く抜けたくて、私はアクセルを踏み込んだ。
その瞬間である。
基地エリアの有刺鉄線が破れている箇所から、何か白い物体が車の前に飛び出してきた。
驚いた私は急ブレーキを踏み、ぎりぎり、その物体との衝突を避けた。
薄霧の中、止まった私の車のヘッドライトに、その白い物体が浮き上がった。
最初『白ブタ?』と思ったその物体は、何も身に着けていない裸の女性であった。
唖然として車を降りた私に近づいてきたその女性は「MP(米軍の警察)のところに連れて行って」と懇願する。
そのときになって私は、その女性が髪を金髪に染めているが日本人であることに気づいた。
しかし、この現実を理解することができない私は、何も言うことができず、立ち尽くすだけ。
 
やがて、私の後ろを走ってきた若手の車も止まったが、その彼も裸の女性を見て硬直状態。
少し時間をおいて、いつも最後尾を走るリーダーが追いついた。
降りてきたリーダーは、冷静な声で「お前ら、気が利かない連中だな」と言いながら、自分のジャンパーを脱ぎ、その女性の肩に掛けた。
そのときになって、硬直を解かれた私と同僚は「すみません」と謝るしかなかった。
同時に、こうした事態に動揺する“かけら”すら見せないリーダーに『すごいな』と思った。
 
リーダーは、くだんの女性と少し話していたが、やがて、我々に「どうやら米兵に強姦されたらしい。警察に行こうと言ったんだが、MPに連れていけの一点張りだ。MPなんかに行ったら“もみ消される”と教えたんだが。仕方ねえ、MPへ行くと言って、警察に強引に連れていくさ。お前らは、急いで埠頭に走れ、そして、次の回は俺を飛ばして工場へ戻れと伝えてくれ」と指示した。
 
私と同僚は、その場を後にして埠頭に向かい、待っていたサブリーダーにリーダーの言葉を伝え、工場に戻った。
当然、その後、合流したリーダーにその後の顛末を聞いた。
リーダーは、「あの女を強引に警察に連れていったさ。そしたらな、警察の連中、『これはMPの範疇だから、そっちへ行け』と言うじゃやないか。オレは『被害者は日本人なんだ。だから日本の警察で扱うべきだろう』と言ったんだが、『犯罪場所は基地の中だから、あっちの管轄だな』と無責任丸出しだ」
私が「それでMPに連れていったんですか?」と聞くと、「しょうがねえだろ。被害者本人もMPへと言うんだからな。でもな、もみ消されて終わりだよ」と吐き捨てるように言う。
私は『これが今の日本の置かれている現実なんだな』と思うしかなかった。
 
後で、先輩たちから「おまえ、裸の女と分かって興奮したんじゃねえか」とからかわれたが、反論する気持ちにはとてもなれずに、黙っていた。
先輩たちも、それ以上は何も言わず、マイクロバスの中は重い沈黙に包まれた。
 
この話、メルマガに書くのは、はばかれたが、忘れることが出来ない暗く陰鬱な記憶である。
あのとき、被害者の女性が自分に近づいてきたとき、米兵のものと思われる精液の匂いが鼻を突き、吐きそうになった。
ニュースで性犯罪の記事を目にすると、今でも、あの光景や鼻を突く匂いが思い出され、吐き気を催すと同時に、被害者の気持ちの辛さを考えて辛くなってしまう。
とても興味本位の気持ちなど起きようもない、今でも残るトラウマの一つなのである。